藤色の潜入(8)
義藤は着物を取り出すと、箪笥の横に畳んだ。紅城から公務以外で外に出るのは、久しいことだ。いや、正しく言えば、二十日前に四人の隠れ術士に連れ出されたらしいが、義藤はそのことをあまり覚えていない。
うつ伏せで眠る紅の傍らに膝をつくと、彼女の手首についている紫色の数珠にそっと触れた。どれかが秋幸に繋がっている。紫の石は、紅の石のように加工されていない。だから、誰が使おうとも自由なのだ。義藤はそっと秋幸を思った。紫色の糸が空を走り、秋幸に向かうことを想像しながら。
「秋幸」
義藤は、小さく秋幸に呼びかけた。
「秋幸」
二度目に呼びかけたとき、戸惑ったような秋幸の声が頭に響いた。
「義藤?」
秋幸が持つのは、紅と繋がる紫の石だけ。加えて、秋幸は紫の石の力に慣れてない。だからこそ、突如義藤に呼びかけられて、戸惑うのだ。
「静かに。誰にも知られないように、俺の部屋に来てくれるか?」
怪しい誘い文句だが、秋幸ならば来てくれるだろう。秋幸からの返答は、それ以上何も無かった。しかし、義藤は自らの頼みが通じたことを知っていた。秋幸は、そういう奴だ。
義藤が普段着に着替え、出した着物を風呂敷に包んだころ、部屋の障子がゆっくりと開いた。怖々と顔を覗かせるのは、この部屋に怖い物でも住んでいると思っているからだろうか。秋幸の目線が、普段着の義藤に、そしてうつ伏せで眠る人に向けられて、秋幸の身体は一瞬止まっていた。必死に情報を処理してているといったところだ。
「あ、寝てた!」
秋幸の思考が止まっているだろうころ、紅がいきなり飛び起きた。顔に畳みの跡をつけたまま、それでも飛び起きた紅は義藤と顔を覗かせる秋幸を見て、笑った。
「ああ、秋幸。――義藤が呼んでくれたのか?なら、良かった。準備は出来たんだな」
理解できない秋幸は口をあんぐりと開けていた。しかし、紅のとんでもない行動に巻き込まれようとしていることは理解できたらしい。そそくさと中に入ると、部屋の隅に正座をし、怖々と口にした。
「一体、何をするつもりですか?」
紅は赤い羽織を義藤に投げ返すと、胡坐をかいて座った。
「決まっているだろ。官府に潜入するのさ。そのために、秋幸を呼んだんだ。加えてこの義藤が頑固でな、術を使える者がいなければならない、と言い張るんだ。なんせ、今、義藤は紅の石を持っていないからな」
寝起きであっても、紅の言動は変わらない。義藤は一つ、溜息をついた。
「つまりだ、俺も秋幸も巻き込まれたということだ。この紅の無茶苦茶な行動にな。秋幸、覚悟をしてくんだ。後で、遠爺に怒られ、野江にしこたま嫌味を言われ、都南から無言で睨まれ、佐久から延々と語られるのをな。ついでに、ここまで無茶をするのを止めなかったとなれば、都南から拳骨の一つぐらい貰うかもしれないな」
義藤はそこまで言って、仲間たちから怒られることを分かりつつ、紅を止めることが出来ない自分を恥じた。