藤色の潜入(3)
義藤は、灰色の空を見上げて、どこかにいるだろう赤丸を思った。悠真の近くには赤丸がいる。だから、滅多なことは起きないだろう。赤丸は、最も優れた術士の一人なのだから。赤丸が紅の近くを離れる。それは、紅を守り、紅の刃として存在する赤影の存在理由を否定するものだ。赤丸が今、どのような思いで悠真の近くにいるのか、それを思うだけで義藤の心は複雑だった。
義藤の心は解き放たれ、赤丸の元へと行く。十三年前まで、いつも一緒だった。同じ親から、同じ時に生まれたのに、義藤と忠藤はあまり似ていなかった。外見は別として、内面は全く違うのだ。義藤にとって、どこか達観したような忠藤の物事の捉え方も、大人顔負けの落ち着いた笑いも、義藤には真似できないものだ。あの柔らかな微笑を思うたび、あの先を見越した意見を思い出すたび、義藤は忠藤に敵わないと思うのだ。自分と忠藤は違う存在なのだと理解してても、悠真に忠藤のことを気にしないと宣言したとしても、心の隙間に苦悩は割り込んでくるのだ。
「義藤?」
紅が義藤を呼び、義藤は現実に引き戻された。
「ぼんやりするなよ」
紅は全てを見透かしているように、不敵に笑った。
「それで、何をするおつもりなの?」
野江が言い、そして、一つ溜息をついて続けた。
「どうせ、あたくしたちには、紅を止めることは出来ないのですから」
野江の言葉は正しい。義藤らは紅に意見することが出来るが、最終決定は紅が下すものだ。もちろん、紅が義藤らの意見を尊重するときもある。だが、上に立つ存在である紅が決定を下すことが重要なのだ。
「良く分かっているな。さすが野江」
紅はけらけらと笑った。そして、ゆっくりと言った。
「これ以上は、お前たちだけでなく遠爺や佐久、鶴蔵ら赤の仲間たちを集めなくてはな」
義藤はゆっくりと紅に頭を下げた。見れば、都南や野江も頭を下げていた。これから、紅は重要な決断を下す。だから、遠次や佐久、鶴蔵を集めなくてはならない。
「延爺らを呼んできます」
義藤は深く頭を下げると、紅に背を向けた。
全く、困ったものだ。紅城の中を歩みながら、義藤は一つ溜息をついた。紅の無茶苦茶な行動は昔からのことで、その度に義藤らは振り回されるのだ。しかし、紅からそれを奪い取ってしまえば、紅は紅でなくなる。自由があって、紅は輝くのだ。紅になる前から、少しも変わらずあって欲しい。それが、義藤の願いなのだ。
「なあ、義藤」
ふと、声が響いた。それは、聴き慣れた紅の声。幻聴を感じるほど、義藤は紅のことを思っている。義藤は笑いがこみ上げてきた。
「なあ、義藤。聴いているのか?」
その声を耳にして、義藤は思わず足を止めた。
「こっちだ、義藤」
まさか、と義藤は思った。紅には常に驚かされるが、まさか、この場に紅がいるはずが無い。紅は野江や都南が一緒にいるはずなのだ。彼らが見張っているはずなのだ。この危険な状況。無茶苦茶をする紅が勝手な行動を取らないように、見張っているはずなのだ。