藤色の潜入(2)
義藤にとって、もっとも大切な存在は紅だ。それは、野江や都南にとっても同じだろう。その紅が、悠真を守れと言う。単純に、無力な小猿だからでなく、悠真が特別な力を持つ存在だから守れと言う。その事実は、義藤の世界の何かを変えるに十分だった。それは、野江や都南にとっても同じはずだ。
その中で、野江は年長者らしく、冷静に、そして穏やかに言った。
「それで紅、そんな危険な存在の悠真は、今どこにいるのかしら?」
悠真を「危険な存在」と呼んだ野江の言葉に、どこか棘があった。悠真がいたから今の危機がある。柴が傷つく。それは明らかなのに、悠真を知っているから、表立って憎めない。そんな義藤の心情を、野江の言葉が表現していた。一言、文句を言わなければ、腹の虫が収まらない。その気持ちは義藤も同じだ。野江の言葉に、紅がけらけらと笑った。
「そう、邪険にするなよ、野江。悠真には、何の否もありはしないんだ。安心しろ、赤丸が一緒にいる。柴と悠真は、赤丸が守ってくれる。それに、どうやら優れた薬師を見つけたらしい」
都南が紅に尋ねた。
「迎えに行かないのか?」
すると、紅は頬杖をついて鼻で笑った。
「迎えは必要ない。考えてみたのさ。火の国を喰う方法をな」
「は?」
思わず義藤は言った。それは、都南と野江も同じだった。
「どういうことなのですか?」
野江が紅に詰め寄った。
「どういうことなんだ?」
都南の言葉も心なしか荒い。そんな義藤たち三人を見て、紅はけらけらと笑った。
「黒の国。つまり、宵の国は戦乱の国だ。戦乱の国だった。という方が正しいな。その戦乱の国を、今の黒の色神が統一した。かなりの実力者だ。その黒の色神は、国内統一を果たして、次は何をする?異国を喰うのが自然だろ。黒が狙うのは悠真か?火の国か?私の前に、黒が自ら異形の者を見せたとき、私は確信した。悠真を狙うだけなら、私の前に出ず、再び悠真を追えばいい。赤丸を殺し、赤丸と共にいる赤影を殺し、悠真を奪い取れば言い。しかし、黒はそれをしなかった。ならば、奴が狙うのは、悠真だけでないということだ。火の国そのものを狙っている。そう、考えられるだろ」
紅は座りなおし、続けた。
「もし、私が黒とする。異国から火の国に来て、火の国の状況を調べる。そして火の国を喰うならば、行うことは一つだ」
紅は一間置いて、低く言った。
「術士と官府の争い。火の国内部で互いに争わせ、弱ったところを喰らう。もし、私が黒ならば、そうやって火の国を喰う」
火の国が抱える問題。先代の紅の命を奪ったのは、官吏だ。そして、二年前に都南と佐久が大きな代償を支払ったのも、官吏との戦いの結果だ。
官吏は、紅にとって最も強大で、最も警戒すべき敵なのだ。黒の色神が官吏に力を与えれば、紅と官吏の争いはこれまで以上に激しいものになる。下手をすれば、紅は殺され、それこそ火の国は喰われてしまう。
「黒が官吏に近づくと?」
都南が言った。
「もう近付いているだろうな」
紅は大きく空を仰いだ。義藤は紅が見ている空を見上げた。空は分厚い雲に覆われ、今にも一雨降りそうであった。