藤色の潜入(1)
紅の機嫌がすこぶる悪い。それを義藤は肌で感じていた。破壊された団子屋。官吏の挑発。そして、突如姿を見せた異形の者。黒い力は圧倒的な強さを紅に見せつけ、紅が戦わなくてはならないほど、義藤たちを追い詰めた。
紅城に帰った紅は縁側に座り押しだまり、何かを考え込んでいた。年が下とは言え、紅の迫力はそれなりのものだ。馬を馬屋に戻した義藤は、野江や都南と一緒に紅の次の一手を待った。黒の色神が火の国に来ている。そして、異形の者を火の国で暴れされ、今も火の国を狙っている。立ち向かうことが出来るのは、同じ色神である紅だけなのだ。義藤らの力は、紅を補佐することしか出来ない。いや、正直なところ補佐すらにもならないのかもしれない。
「都南、状況整理はどうなっている?」
紅が低い声で都南に尋ねた。あの現場に異形の者が再度現れ、民は不安に駆られている。状況が状況だけに、都南は紅から離れることが出来ない。黒がいつ、どのように攻めてくるか分からないからだ。確かなことは、黒がむやみやたらに火の国を掻き回すつもりがないということだ。火の国を滅ぼすつもりなら、あの状況で紅の命を奪っている。柴を、悠真を殺している。黒が命を狙っていない以上、黒の狙いは火の国を混乱に導くこと。ならば、都南や野江は紅から離れることが出来ない。
「朱軍を派遣し、民の整理を行っている。春市と千夏に任せているから、下手なことは起きないだろう。黒は民を殺すつもりがなさそうだ。ならば、大事は起きないはずだ。二人にも、異形の者が現れたら、無駄な抵抗をしないようにいってある。今は、誰も死なないことが一番だ」
都南の言葉は最もだ。
「確かに、春市と千夏はらば滅多なことは起きないだろう。そもそも、黒が狙ったのは悠真だ。ついでに私、ということだろう。柴は単純に悠真を守ろうとして、巻き込まれただけだ」
野江が紅に歩み寄った。野江の目は疑惑の色が濃い。状況が理解できないのは、野江だけでない。義藤も同じだ。なぜ、小猿悠真が狙われるのか、なぜ紅はそのようなことをいうのか、義藤にもさっぱり理解できないからだ。
「紅、教えていただけませんか?なぜ、黒の色神は悠真を狙ったというのです?」
最もな疑問だ。これまで、紅がことあるごとに悠真を気にかけていたのは確かだ。義藤にとって、悠真は力を暴走させる危険な存在でしかないが、紅にとっては少し違うらしい。赤影を護衛につけたり、義藤や秋幸をそばに置いたり、常に悠真を気にかけていた。その扱いは、只の術士という範疇を超えている。故郷を失った小猿に、立場以上の待遇を与えているのだ。
「加工された石を使う。色の石の力を抑えることが出来る。それは、普通の術士の出来ることか?その上、選別で見過ごされている。あの時、下村登一の乱の時、私は確信したのさ。悠真は、只の術士でない。黒も気づいたんだろ。あの場には黒の石があったのだからな。もし、悠真の持つ力を自由に使えたのなら、何よりの脅威になる。だから黒は悠真を狙い、私は悠真を守ろうとした。忘れるな。野江、都南、そして義藤。あの稀な力を死なせることも奪われることもさせたりしない。利用させることもさせたりしない。私は、そう決めたんだ」
紅の言葉は凛と響いた。