赤の薬師(15)
薬師は悪い人でないのだろうが、あからさまに他人を拒絶していた。赤の術士と犬を助けるために、家に招いてくれた人とは別人のようであった。もしかすると、彼女は優しい人なのに、この異質な環境が彼女の人格を変えてしまっているのかもしれない。他人を拒絶する、排他的な感情に変えてしまうのかもしれない。
悠真の脳裏に赤丸の声が浮かんでは消えた。薬師はここで住むべきでない、赤丸は言い放った。誰からも隠れることなく、逃げることなく、堂々と表の世界で生きるべきなのだ。薬師と赤菊は同じだ。どちらも怯えている。怖いから、拒絶する薬師。怖いから萎縮して動けない赤菊。悠真は二人を見比べた。
「誰か、なんて、そんなこと関係ないだろ」
悠真は言った。誰かなんて、関係ない。それが悠真の本心だからだ。赤影であっても、森の中で隠れて生きる薬師であっても、同じ人間なのだから。同じ、火の国の民なのだから。薬師は眉間に皺を寄せた。
「誰か、なんて関係ない。俺たちは敵じゃないし、助けてくれて感謝しているんだから」
悠真が言うと、薬師は小さく笑った。
「誰ともしれない人を信じろと、あなたは言うのね。残念ながら、私にそのような度量は無いわ。ごらんの通り、私は異質な存在。見世物小屋に売られでもしたら、たまらないわ。私は、この森から出ることが出来ない者。私の存在は、知られてはならないのよ。――可那がどうしようもないお人よしだって事は知っているし、あなたたちが助けを求めていることも分かったから、薬を作った。でも、化け物に襲われる訳ありの人を、快く受け入れることは出来ないわ」
薬師は言いながらも、薬を調合し続けている。決して、術士の男たちを見殺しにしようとしているのではないのだ。死なせたくない、と思いつつ拒絶してしまう。ただ、それだけのこと。
悠真は思わず、赤菊たちが術士であることを言いそうになった。術士だから戦い傷ついた。紅城に帰ることが出来ない事情がある。それを明かせば、薬師も納得するはずなのだ。だが、出来ない理由があった。二度と、悠真の失態のせいで誰かが傷つくところを見たくない。術士の戦いに薬師や可那を巻き込むことは出来ないのだ。そう思っていると、ゆっくりと、それでも確かに赤菊が口を開いた。
「私たちは術士よ」
水を打ったような静寂は破られた。一瞬静まり返ったのは、薬師と可那が反応に困ったから。どよめくほどの人数もいない。薬師は目を見開き、それ以上に戸惑った表情をしているのは可那だった。唖然とした可那の口はあんぐりと開いている。
「術士。赤の術士」
薬師と可那は同じように呟いた。
――術士
それは、一般の人にとっては畏れ多い存在だ。類稀な才能に恵まれ、強大な力を持つ色の石の力を使うことが出来る。末端の下緋であっても、立場は確立され、待遇は優遇されている。何より、色神紅から力である紅の石を与えられているから。かつての悠真と同じように術士に対して憧れと畏怖の念を抱いていた。