赤の薬師(14)
赤丸は、はっと表情を変えて一跳びで薬師の家の屋根に飛び乗ってしまった。その運動能力は、人間を超越している。赤丸が姿を消した直後、可那が建物から外に出てきた。
「菊、悠真?」
小さな身体を大きく見せようとするように、胸をぴんと張り、可那は外に出てきた。
「こんなところにいたのね。どこに行ったのかと、心配したのよ」
可那は慌しく言うと、悠真と菊の間に入り込んだ。
「あの二人に何か?」
菊は可那に尋ねていた。悠真が見る限り、赤菊の手はもう震えていなかった。可那は俯き、首を横に振った。
「何も。なかなか毒が手ごわいみたいでね。最も、薬師でない私には、何事なのか分からないけどね。中に入って、中で休んで。雲行きも怪しくなってきたことだしね」
可那は悠真と赤菊を建物の中に導いた。悠真が空を見上げると、灰色の厚い雲が空に広がっていた。
小さな家の中に、術士の男と犬が横たわっていた。傷には裂かれた布が巻きつけられていた。建物の中に漂うのは、独特の薬草の匂いだった。壁際の棚の前に薬師は座り、乾燥させた薬草を石臼で挽いていた。同時に、囲炉裏で湯を沸かし、何かの薬草から成分を抽出させていた。座った薬師――いや、いつも座っている薬師は、手で身体を持ち上げ、尻でずるようにして建物の中を動いた。
「あなたたち、何者?」
一つ、薬師は言った。悠真たちを見ようともしていない。
「とっくに、逃げていると思ったのに、未だに残っているっていうことは、この人たちの仲間ね」
そこまで言うと、薬師は赤菊を見つめた。
「一体、そとの世界で何が起こっているの?あなたたち、何者?」
薬師は、挽いた薬を持ち術士の男に近づき、傷口に挽いた薬草を乗せた。
「何言っているの?葉乃」
慌しく可那が床に座り、這うようにして薬師に近づいた。すると、薬師は冷静で抑揚の無い口調で可那を制した。
「じっとしていなさい。可那。もしかしたら、可那の命を狙っているかもしれないのよ。この傷は何によってつけられた傷なの?なぜ、あんな森の奥にいたの?露化草なんて、器用すぎる嘘も怪しいのよ」
薬師は恐ろしいほど冷静で、抑揚の無い口調が悠真の心臓を握り締めるのだ。薬師に対して、得たいの知れない感覚を覚えたのだ。なめてかかると、こちらが喰われる。そう思うのだ。敵で無いのに、敵のように感じるのは、薬師が少しも心を開いていないからだ。閉ざされた心に踏み入れる者は誰もいない。
悠真は赤菊を見た。赤菊に答えを求めたのだが、赤菊は何も出来ない。赤菊の顔色は悪く、彼女がひどく緊張しているのだと分かる。冷静な言葉で追い詰める薬師。そして、追い詰められる赤菊。
――赤丸。
悠真は近くにいるだろう赤丸を心で呼んだが、赤丸は出てこなかった。そして、薬師の攻撃は続くのだ。