赤の薬師(13)
何も言えない悠真は、立ちすくみ、俯くしか出来なかった。赤丸の言動が、どこか秋幸と似ているような気がしたのは、悠真の勘違いかもしれない。悠真が地面とにらめっこをしていると、そっと赤丸が続けた。
「菊、お前も怯えてちゃいけない。そりゃあ、怖いだろうよ。俺や山や星と違って、菊は生粋の赤影だ。両親を赤影に持ち、生まれたときから赤影として生きてきた。菊の世界は赤影の中なんだから。俺はさ、気づいたんだ。義藤が俺を表舞台に引き戻そうとしてくれていることに気づいて、分かったんだ。俺たちも表の世界で生きる資格を持っているし、幸せになる権利を持っている。異質な外見である薬師が拒まれる必要が無いように、俺たちも堂々と生きて良いんだ。たとえ、影で生きることが俺たちの存在意義であってもな。それに、俺たちも生きていると教えられた。十三年前の戦い、先代の赤丸は紅の盾となり、紅と共に命を落とした。それは、赤丸として理想の生き方であり、先代の赤丸が女性として望んだ死に方だろう。でも、果たして先代の紅はそれを望んでいたのか?二年前の戦いで、俺は赤丸として紅を守った。表舞台で生きる赤の術士を守り、沢山の赤影が命を落とした。今、誰が残っている。赤丸、赤菊、赤山、赤星。たった四人で何が出来る?それでも、俺たちは表の世界の術士の盾となり命を捨てるだろう。そして、赤影は失われるんだ。俺が死に、義藤が悲しむんだ。俺は生きるよ。紅と赤の術士を守って死ぬこと、そして紅と赤の術士の変わりに敵を殺すんだ。敵を殺すことに異論はない。誰かが成さねばならないことなんだ。だが、俺は生きるよ。義藤がいるから、容易く表の世界に出れない。それでも俺は生きる。あの薬師を見ていると、赤影と重なるんだ。己の運命を蔑み、何にも抗わず隠れて生きる。そして、何も成さずに死を待つ。それは、間違っている。俺たちが死を待つ必要がないようにな」
冷静なはずの赤丸が、少し熱くなっていた。そんな自らの熱に気づいたのか、赤丸は照れたように苦笑した。
「なんだか、要領を得ていないがな。とにかく、あの薬師の力は本物なんだろ。ならば、俺は紅に薬師の存在を伝える。薬師をどのように使うのか、紅次第だ。そして、菊。良い機会だ。俺が影から見ているから、お前は赤菊でなく、菊として生きてみろ。俺は楽しかったぞ。義藤として表舞台に立っていた間な」
俯く赤菊を見て、赤丸は笑っていた。赤丸は、優しく穏やかな人だ。頭が良く、どこか秋幸と似ている。だからこそ、悠真は赤丸が危うい存在に思えるのだ。赤丸は知っているはずなのだ。秋幸と同じように、自らに定められた運命と、なすべきことを。何が大切で、大切な者を守るためには、何かを犠牲にしなければならないことを。赤丸は大切な者を知っているから、人を殺すことが出来る。業を負っても、守るためなら人を殺すことが出来る。そして、大切な者を知っているから、自らの命を測ることが出来る。己が生きる必要性を知り、己の命の不必要性を知っている。それが、赤丸としての生き方なら、とても哀しすぎる。悠真はそう思った。