赤の薬師(12)
他人を利用すること。それは、最低の事だ。利用された人が不幸になるのなら、なおさらのこと。赤丸に他者を利用する資格はない。もちろん、それは紅にもだ。
「利用するつもりなのか?」
悠真は赤丸に尋ねた。無力な小猿である悠真が、影の存在の筆頭である赤丸に意見するなど、百年早いかもしれない。しかし、殺されるかもしれない、という不安は無かった。紅が信頼している赤丸だから、義藤の兄だから、殺戮者ではないはずなのだ。
「利用する?」
赤丸は義藤と同じ顔で、義藤と同じように片眉をひそめて問い返した。悠真の言葉など、眼中にないようだった。
「薬師のことだよ。薬師を利用しるつもりなんだろ。薬師のことを考えず、利用して、引きずり出す。そんなの、最低だ。助けてもらったのに、最低だ」
悠真は言った。言うと、赤菊の表情が曇った。しかし、当の本人である赤丸は、何とも涼しい表情をしているのだ。
「最低なのは、お前だよ。悠真」
赤丸は柔らかく、まるで、諭すように悠真に言った。赤丸の言葉は道筋が無いから、理解するに難しい。理解するに難しいから、己が未熟者だと諭されたような気がするのだ。赤丸はそんな悠真の心情さえりかいしているようで、柔らかく微笑みながら、静かに口を開いた。
「悠真は、なぜ俺が薬師を利用すると思ったんだ?そんな悠真の思考なんて、容易く理解できる。薬師は、森で暮らしている。異質な外見をしているから、森の中で隠れて生きている。ここに居場所を作り、ここで生活をしている。優れた薬師であり、隠れ術士であるのに、戸籍も持たず、ひっそりと身を潜めている。そんな薬師を、赤丸である俺が表舞台に引き出そうとしている。優れた薬師だから、表舞台に引き出そうとしている。悠真は、俺が薬師の世界を崩そうとしている。だから、最低だと思った。そういうことだろ」
全てが図星だった。しかし、なぜそれで悠真が最低になるのか分からなかった。赤丸は穏やかな言葉で続けた。
「さて、この先が悠真には分からないんだな。俺は、薬師が隠れてここに住んでいることが有り得ないと思うんだ。優れた薬の知識がある。それは、俺たちが必要とする知識だ。そのような者が、隠れて生活する理由なんてない。見た目が異質だから?そんなこと関係ない。そもそも、なぜ異質であったならば、隠れなければならないんだ?隠れる必要なんて無いだろ。同じ人間なんだ。なぜ、戸籍を持てない?有り得ないだろ。同じ人間なのに。人間は等しく平等であり、能力のある者は相応に評価されるべきだ。あの薬師は紅城に招かれるべき存在だ。紅城で、赤を持つべき存在だ。誰からも逃げることなく、堂々と表舞台に立つべき存在だ。紅は拒んだりしない。赤の術士は拒んだりしない。拒まれるなら、赤の術士が守って見せる。――悠真、お前は薬師が隠れるべきだと思った。誰の目にも触れるべきでないと思った。その時点で、薬師の異質な外見を見下しているんだよ」
悠真は何も言えなかった。悠真の深い心の底まで、見透かされているような気がしたのだ。赤丸の言葉が正しいからこそ、悠真は何も言えないのだ。