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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の茶会(5)

紅は台の上に置き、指ではじいていた惣次の紅の石を掴むと、悠真の手をとった。紅の手は悠真の手より小さく、細い指が印象的だった。少し冷たい紅の手が、戸惑う悠真の手を開くとその中に惣次の石を押し込んだ。

「村が滅び、お前の家族や惣爺が死んだ責任は私にある。だからこそ、遠慮をするな」

紅が微笑み、悠真に惣次の石を握らせた。直後、微笑む紅の表情が翳り、彼女は深く頭を下げた。

「悪かった。本当に……。私が何かを誤らなければ、村は滅びなかったかもしれない」

紅のその声は震え、紅は肩を落とし片手を擦り切れた畳の上につき俯いている。悠真は紅がとても小さく見えた。先刻まで、悠真は紅を憎んでいた。その憎しみは深く、処刑されることさえ厭わず紅に飛び掛ろうとしたほどだ。紅が官府の要求を拒否したから、悠真の村は滅びたのだ。つまり、紅が悠真の祖父を殺し、紅が惣次を殺し、紅が悠真の故郷を破壊したのだ。だから悠真は心から紅を憎んでいた。なのに、紅がそんな言葉を口にするから、紅の声が震えていたから、悠真の中の紅を憎む気持ちは薄れていく。今、目の前にいる紅は、悠真が憎もうとしていた紅ではない。色神として君臨し、田舎者の命を塵のように扱う紅ではない。紅が村人の死を悼むようなことを言うから、悠真は混乱するのだ。紅は強い人のはずだ。第一印象の高圧的な言動も、年上であるはずの野江たちをあしらう様子も、自分の力に絶対の自信を持っている雰囲気も、全て紅が強い人だと表していた。なのに、今の紅からは強さを感じられない。村が滅びた責任を、その小さな体全てで受け止めて、今にも押しつぶされそうなのに、その弱さを誰にも悟られないように必死に隠し、強い紅を演じている。紅の持つ一色が、悠真の胸に鮮やかに彩った。

 火の国で赤を統べる色神は、美しく、強く、そして小さな存在。誰もが色神を讃え、誰もが色神に奇跡を期待する。「色神」と呼ばれるから人々は色神を本物の神と勘違いしてしまうが、色神も人間。色に選ばれ、色の石を生み出す器となっただけだから、奇跡など起こせるはずがない。紅の石をどのように使うのかは、術士や権力者たちに委ねられている。色神が出来るのは、抑止力として石の監視をすることだけなのだ。色神が奇跡を生み出すのでない。奇跡を生み出そうと色神である紅は戦い、紅を守ろうと赤の仲間たちが戦っているのだ。

「悠真君」

佐久が悠真を呼んだ。悠真が佐久を見ると、佐久の眼鏡の奥の目が、とても強く輝いて見えた。それまでの、悠真の中の佐久の印象は優しく知的な人というものだった。穏やかで、刀とは縁遠い。しかし、その考えを改める必要があった。もしかしたら、彼らの中で怒らすと一番怖いのは佐久かもしれない。そう思ったほどだ。肩を落とした紅を見て、再び佐久に目を向けると、穏やかな口調とは裏腹な目をした佐久がまっすぐに悠真を見つめて言った。

「もし、紅に牙を向けたのなら、僕は君を殺すよ。君がどんな理由でここに来て、どんな決意があるかなんて関係ない。僕らにとって、紅に勝るものなんて無いのだからね。忘れないで。僕は君を守るつもりであるけれども、それは君が紅を傷つけない前提だよ。きっと、野江も都南も義藤も同じだよ。忘れちゃいけない。僕たちは君の味方なんじゃない。紅の仲間なんだ」

その言葉が嘘でないことくらい、悠真でも分かっていた。野江も都南も否定しない。遠次も何も言わない。穏やかで、優しく、悠真を敵視しない彼らにとって、悠真より紅の方が大切な存在だから悠真が紅に牙を向けた瞬間、悠真は殺される。赤の仲間は悠真よりも遥かに強い力を持ち、紅を守るために悠真の命を奪うことに躊躇いはない。赤い羽織は嘘をつかないのだから。

 野江が悠真の首に、引退前に惣次が使っていたとされる紅の石をかけてくれた。その石がとても重く、重みの分だけ、紅の存在が儚い存在のように思えた。紅の石は火の国を守り、火の国を豊かにし、火の国の民の生活を支え、他国が火の国に進入してくることを防いでいるのだ。この石があるから、悠真たち火の国の民は生きていける。この強い力を持つ恐ろしい石があるから、生きていけるし、争いも生じるのだ。

「覚えておきなさい。紅の石を持つということの重みを」

野江の言葉はとても深みがあった。この石は惣次の石だから悠真は術士でない。けれども、悠真は憧れていた術士に一歩近づいた。一歩近づいたのに、嬉しい気分にはならなかった。昨日までの悠真だったら喜んでいたのに、術士の苦悩を知り、紅の姿を見たから悠真は素直に喜べないのだ。色神になったために紅が背負った苦難を、紅を守るために戦い続ける赤の仲間たちの苦難を、悠真は知ってしまったから。

――小猿は我が色をどのように使うつもりじゃ?

赤の声が悠真の脳裏に響いた。

――人殺しに使うも、大切な者を守るために使うも、生活を豊かにするために使うも、全ては術士に委ねられる。我が赤色は、他色と異なり使い方が自由じゃ。小猿は我が色をどのように使うつもりじゃ?

赤が楽しむように悠真に語りかけていた。赤の言葉も、悠真への警告の言葉だった。赤の力「紅の石」をどのように使うかは、悠真に委ねられている。悠真は、どのように強大な力を使えば良いか分からなかった。同時に、どのようにすれば紅の石が持つ赤色の力を引き出すことが出来るのか、それさえ分からないのだ。それは術士と呼ばれる存在などではない。


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