赤の薬師(8)
術士の男と犬は確実に弱っている。くつくつと、何かが破裂するような呼吸音が恐ろしかった。傷口から流れる血の色が黒っぽいのが恐ろしかった。
「助けてくれ」
なぜ、こんなことを口にしているのか悠真は分からなかった。けれど、すがるしか出来ない。二つの命の火を灯し続けるには、薬師に頼るしか出来ないのだ。
「助けてくれ!」
悠真はいても立ってもいられず、床の上に膝をついて薬師に近づいた。近くで見た薬師は、足がないことを除けば普通の女性だ。気づけば、薬師の肩を掴んでいた。悠真よりも、遥かに年上だろう薬師は困惑していた。
「私に足があったら、足を踏んでいるわよ」
薬師はさらりと言うと、手で身体を持ち上げ、お尻で歩くように悠真から離れて言った。
「無視して。見捨てようなんて、そんなことじゃないの。本当のことよ。私は薬師。薬を作ることなら、誰にも負けないけれど、私は医師でないの。傷口を縫ったり出来ないし、心臓がどう動いているだとか分からないのよ。だから、本当に助けたければ、医学の知識を持った者が必要なのよ」
薬師は苦笑していた。
どうすればいいのだろうか。悠真は分からなかった。紅城に戻ることも出来ず、紅に助けを求めることも出来ない。たまたま出会った薬師は、医師がいなければ助けられないと言う。千夏がいれば、解決策が見つかるかもしれないのに、ここに千夏はいない。いるのは、無力な小猿「悠真」と、赤影の一員「赤菊」だけだ。
「本当に、あなたは一流の薬師なの?」
赤菊が唐突に口にした。すると、薬師は低いところから赤菊を見上げて強い言葉で返した。
「さあ。どうでしょう?私はこの通り、外の世界にあまり出たことがないから。でも、この家で、ずっと薬と向き合い続けてきたの。その時間は真実よ」
悠真は、薬師の色に偽りを見つけることが出来なかった。
「私が診るわ」
赤菊が一言呟くと、術士の男の横に膝を着いた。
「え?」
薬師が困惑していた。それは、可那も悠真も同じだ。すると、赤菊は着物の袖を襷で捲し上げると、言ったのだ。
「医師が必要なのでしょ。私が診るわ。傷の縫合もするし、全身管理もする。私がこの二人を助けることが出来ないのは、解毒するための薬がないから。作ってくれるのでしょ?助けるための薬を」
赤菊の色が強まった。真実、赤菊は医師なのだろう。
「悠真、外に出て湯を沸かしてきなさい」
赤菊は落ち着いた言葉で悠真に命じ、悠真はどうすれば良いのか分からず立ち尽くした。
「薬を作るわ。毒に犯されているのなら、まず毒と相性の良い薬を探すわ。出来る限りのことはするわ。可那、左戸棚の綴草を取ってちょうだい」
何が起こったのかわからないが、ここに薬師と医師がいる。悠真は、一筋の希望の光を見つけたのだ。赤をまとった薬師は、赤に惹かれる悠真に安心感を与えた。