赤の薬師(6)
赤菊の嘘を、可那は突き放した。同時に、彼女は赤菊を引き寄せたのだ。
「菊ちゃん、露化草を使いこなせる薬師を私は知ってる。だから、この人も、犬も助かるはずだよ」
小柄な可那は、赤菊より頭一つ分背が小さい。小さな可那は慌しい印象をぬぐいきれないが、可那は明るい人だ。
「もしかして、あなたは薬師?」
赤菊が可那に尋ねたが、可那は慌しく首を横に振って答えた。
「私にそんな技術は無いよ。でも、一流の薬師を知っているの。ほら、見えてきた」
言って可那は馬の手綱を引く手を早めた。森の奥深く、悠真にはここがどこなのか分からない。五感を狂わせる巨大な森の奥深くに、ひっそりの家が建っていた。
可那が赤菊に手綱を渡したかと思うと、慌しく駆け出し扉を開いた。
「葉乃。薬を作って欲しいの」
言ったかと思うと、可那は笑い、赤菊と悠真を手招いた。
――薬師
それは、薬草から薬を調合する者のことを言う。火の国に薬師の数は多いが、その腕は様々だ。薬草の奥は深く、薬草の割合、種類、複数ある抽出方法、薬草の生育状況、気温、湿度、温度、全てを考慮しなくては最高の薬は作り出せない。そもそも、薬草の種類が千に及ぶから、組み合わせ方法や抽出の方法は無限に存在すると言っても過言ではない。加えて、薬を使うには人の身体の仕組みを知らなくてはならない。何の病に何の薬が効果を示すのか、人の身体の大きさ既往歴、全てを考慮しなくてはならないのだから。医師と協力して、薬師は薬と向き合う。
だからこそ、一流の薬師は滅多に存在しない。
赤菊が嘘をついた「露化草」の話なら、悠真も知っている。山奥の神聖な地に育つとされる幻の薬草。それは、万病に効くとされている。万病に効くとされているが、幻であるため実物を見たことがある者はないだろう。噂や書物の絵で見たことがあるくらいなものだ。だからこそ、幻の薬草。
小屋の中には、薬師がいるはずだ。毒に打ち勝つ薬を作り出す、薬師がいるはずなのだ。
開かれた扉の奥から、独特の匂いが漂っていた。
少し暗い部屋の中に、可那は遠慮なく足を踏み入れていた。そこは可那の家なのかもしれないし、薬師の家なのかもしれない。漂う匂いは、薬草の匂い。
「葉乃。帰ってきたよ。ねえ、薬を作って欲しいの」
言って、可那は開け放った扉を覗いていた。
「可那ちゃん、どうしたの?そんなに慌てて」
穏やかな声と共に姿を見せた者を見て、悠真は思わず息を呑んだ。
それは、人であった。確かに人であった。長い髪を一つに束ね、緑色の着物を来ていた。女性であった。しかし、奇妙な女性であった。彼女は、少し高くなった床に座っていた。土間に降りず、外にいる悠真たちを覗いている形だ。年齢は野江よりも上だろう。微笑むと、ふわりと風が舞うような人だ。
しかし……
悠真は何と言って良いのか分からなかった。それは、確かに大人の女性だった。
「あなたは薬師ですか?」
戸惑う悠真をよそに、赤菊が平然と薬師と思われる女性に言った。
「ええ、そうよ」
女性は自らが薬師であることを認めた。