赤の薬師(3)
赤丸はとても冷静だが、答えを見つけたわけではない。焦りを顔に出さないのは、彼が立場を持ち、彼が優れた力を持つ術士だからだ。いや、術士でなく赤影だ。
赤丸は豪快に頭を掻いた。これからの行動を、未来を、彼が考えているのだ。
「これから、どのように……」
赤菊が赤丸に結論を求めていた。じっとしていられないのは、彼女も同じなのだ。
赤丸は紫色の石を手に取り、額に当てていた。その石が、紅と繋がっているのなら、赤丸はまるで祈っているような姿勢だった。紅に祈りを捧げている。悠真にはそのように見えた。
「赤丸?」
赤菊が再び赤丸に答えを求めたとき、赤丸は眉間に皺を寄せた。
「しっ!」
赤丸は目を見開き、辺りを見渡していた。
「誰か来る」
赤丸は低く言うと、犬に駆け寄り、犬が背負っている荷物を犬の身体からはずした。
「赤菊、着替えろ」
赤丸が言ったとき、赤菊は薄手の着物を取り出し、今着ている着物の上から羽織った。瞬く間に着替えた赤菊は、下に忍びの服を着ているとは思えない。どこからどのように見ても、普通の町娘に化けてしまったのだ。
「赤菊、ここにいても何にもならない。今の俺たちに、二人を隠し通す場所もなければ、命を救う手立ても無い。二人を連れて、逃げるにしても、俺と赤菊で背負って逃げれる大きさじゃない。――義藤は顔を知られている。下手に俺は動けない。俺は裏に回るから、お前が表に出てろ」
赤丸が慌しく言ったとき、遠くから声が聞こえた。
「ねえ!誰かいるの!」
その声は、一直線にこちらに近づいてきている。
「菊、分かったな。俺は裏に回る。近くにいるから、安心しろ。必ず、二人は助かる。死なせるものか。決して、死なせたりしない。もう、仲間を失ったりしない」
赤丸は言うと、犬が背負っていた荷物を持って赤菊に近づいた。そして、赤菊の両手を握った。
「大丈夫だ。大丈夫。安心しろ。近くにいるから」
声がみるみる迫ってきた。
「ねえ、大丈夫なの!」
甲高い女性の声だ。
「菊、大丈夫ということは、相手はここに負傷者がいることを知っている。もしかしたら、異形の者を見たのかもしれない。何かあれば助ける。表で生きることを恐れるな」
赤丸は赤菊にそこまで言うと、すっと手を離した。同時に、悠真に目を向けた。
「悠真、俺は表に出れない。義藤が二人いるなんて変だろ。――俺は悠真に期待しているぞ」
赤丸は柔らかく微笑んだ。義藤と同じ顔をしているのに、作り出す表情が違うから、義藤と違う印象を持つ。同時に、悠真の胸を打ったのは、「期待している」という言葉だった。
不思議なことに、悠真の状況は何も好転していない。術を手にしたわけでもなければ、濡れた着物が乾いたわけでもない。なのに、赤丸から期待していると言われるだけで、その期待に応えたい、と心から思うのだ。期待に応えるだけの力が自分にあるように思えるのだ。
「任せた」
そこまで言うと、赤丸は犬が背負っていた荷物を赤菊に持たせ、木の上に飛び上がった。それは、人間の跳躍力を超越していた。どのような鍛錬をすれば、そのような力を手にすることが出来るのか、悠真には分からなかった。
「ねえ、大丈夫なの!?」
甲高い女性の声が響き、茂みから馬に乗った女性が現れた。悠真は身を固めた。