赤の薬師(2)
悠真の目の前には、術士の男と犬が倒れていた。赤影の二人「赤丸」と「赤菊」が助けに来てくれなければ、悠真は二人に対して何もすることが出来なかっただろう。力があれば、と願うのは戦いの場でのこと。人を傷を癒す術を知っていれば、と願うのは、戦いの後のこと。悠真にはどちらもないから、助けに来てくれた二人に頼り、術士の男と犬が命を失わないように祈ることしか出来ない。
なのに、赤菊は言うのだ。
――毒。
意味することは、彼らを救う術がないということ。悠真は思わず赤菊の肩を掴んでいた。
「じたばたするんじゃない。悠真」
優しい声が響き、悠真の手首は掴まれた。その手の力は優しい。悠真が振り返れば、そこには赤丸がいた。抜き身の刀のような顔立ちをしているのに、不思議と人を安心させる力を持つ。隠しきれないほどの、穏やかな優しさが赤丸にはあった。
「――赤丸」
悠真は優しいが強い赤丸を見た。赤影は影の存在。紅の刃。命を奪う存在。今、優しく悠真の手首を掴む赤丸が、人を殺すということが信じられなかった。だが、彼は殺すだろう。下村登一をためらいなく殺そうとしたように。
「赤菊。紅が少し待てと。今、義藤らを連れて異形の者が暴れた場所へ向かっているらしい。状況が整理されるまで、ここにいるのが安全だ。紅には、野江、都南、義藤、それに赤山がついている。問題ないだろう」
赤丸はそこまで言うと、すっと悠真の手を放した。
「悠真は落ち着いていろ。死なせてたまるか。二年前のように、仲間が減るところを俺は見たくない」
赤丸は哀しく微笑んだかと思うと、強い目で言った。術士の男と犬は、赤丸の仲間なのだ。
しばらくすると、突然赤丸は小さなため息をついた。そして、赤菊に言ったのだ。
「紅からの命だ。どうやら、あちらの様子が切迫しているらしい。こちらのことは、こちらで処理しろということだ。しばらく、彼らを紅城へ連れて帰ることはできない」
どのようにして、赤丸が紅の命を受けたのかわからない。しかし、悠真には分らない力で、赤丸が紅の命令を受けたということは事実だ。現に、赤菊も何の疑問を持っていない。不思議なことに、赤丸が紅と繋がっている。それが分かると、無力で臆病者の悠真は安心できるのだ。
「それで、あちらの手助けに向かうのですか?」
赤菊が言い、赤丸は首を横に振った。
「あちらには、野江、都南、義藤、それに赤山もいる。滅多なことは起きないさ。それに、敵の正体が、紅の推測通り黒の色神だとして、容易く紅に手を出すことはできないだろう。何せ、紅は最も優れた赤の術士であるし、野江に匹敵する剣術の持ち主だ。加えて、色神同士の命の奪い合いとなると、それは、神々の戦い。赤い色が紅を守る。官府から命を狙われるのとは、少し違うはずだ。ならば、俺たちがすべきことは、紅に命じられたとおり、こちらのこの状況を何とかすることだ。どちらにしろ、紅城にも白の石はもうない。二人を救う手だてを探さなくてはならない」
赤丸はとても冷静だった。