赤の薬師(1)
悠真は森の中にいた。傷ついた術士の男と犬の二人は、動けずにいる。川のほとり、唯一の救いは、術士の男が木を見上げて「赤丸」と言ったことだ。
赤丸とは、赤影の筆頭。悠真は木々の上を見上げたが、何も見えなかった。
「出て来いよ、赤丸。今更、何を躊躇うつもりがあるっていうんだ?どうせ、小猿にも正体を知られているんだろ」
術士の男が、咳き込みながら言った。
「俺は、もう役に立たない」
悠真は術士の男が何を言っているのか分からなかった。役に立たないとは、どういう意味なのか。覗き込むと、術士の男は虚ろな目で空を見上げていた。呼吸の音が変だった。術士の男の胸で、なにかが「くつくつ、くつくつ」と破裂するような音が響いていた。術士の男の傷口が、黒く変色していた。見れば、犬の様子も変だった。異形の者から受けた傷が術士の男と犬の命を喰っていた。
一つ、術士の男は咳き込んだ。口からこぼれる血の色が変だった。術士の男が濡れているのは、川の水だけでない。
「おい、おい!」
悠真は恐ろしくなって、術士の男に触れたが、その身体の熱さに思わず手を離した。
――俺は、もう役に立たない。
術士の男は、自らの命が消えるを知っているようであった。
「まだ、死なせない」
一つ、声が響いたかと思うと、生い茂る木の上から二つの影が飛び降りてきた。響く声は義藤のもの。いや、術士の男は赤丸と呼んでいた。義藤の双子の兄、忠藤こと赤丸だ。身動きのとりやすい服装は、袴や着物と異なる。噂でしか聞いたことが無い、忍びの服装だ。赤丸の後ろに控えているのは、悠真より少し年上だろう女性だった。二人は、身軽な動きで木から降りると、足音も立てずに術士の男に歩み寄った。
「まだ、死なせたりしない。紅には、仲間が少ないんだ」
赤丸は言うと、術士の男の前に膝をついた。悠真のことは、眼中に無い。そんな印象だ。赤丸は懐から布を取り出し、術士の男の傷口を押さえると言った。それは、術士の男を励ましているようであった。
「紅は、全てを知っている。だから、ここに俺だけでなく赤菊を同行させたんだ。――赤菊。二人を見てくれ。決して死なせるな」
赤菊と呼ばれたのは、赤丸と共に姿を見せた女性だ。彼女は犬の前に座り、懐から取り出した布で犬の胴体を縛り上げていた。その手際は、千夏より良かった。悠真が視界を巡らせると、赤丸は突然術士の男から離れた。少し離れたところで赤丸が紫色の石を取り出し、何かを呟いていた。紫色の石は悠真が初めて見る色の石だった。赤菊は犬の体を縛り上げると、次に術士の男の肩口を縛り始めた。
「赤丸。この状況は、何かしらの毒だと思われます。私にできることは、限られます」
赤菊が言うと、赤丸は眉間にしわを寄せた。その表情も義藤と同じだ。術士の男も犬も、危険な状態だ。一刻も早い治療が必要である。しかし、治療を行っても無駄なのかもしれない。
――毒。
赤菊が赤丸に報告した、その言葉が悠真に引っ掛かっていた。彼らが傷を負ったのは、異形の者との戦いの結果だ。その異形の者のが毒をもっていたとして、毒を打ち消す薬が存在するのだろうか。
「なあ。助かるよな。助かるよな!」
臆病者の悠真は、赤菊の肩を掴んでいた。




