黒の策略(10)
何を思っているのか、団子屋には紅自らが足を運んでいた。質素な服を身に着けていたが、彼女が紅であると、一目で分かった。赤い布を身につけていなくても、身体から放つ鮮烈な赤を隠しきれていない。鮮烈な赤が彼女が色神であると示し、同時に色神紅を改めて見ると、クロウは彼女に対する印象を変えざるを得なかった。
下村登一の乱の時に、異形の者を通して見た紅は、高圧的で権威を示し、優れた力で他者を圧倒していた。それは、クロウが色神として理想を掲げる雰囲気だ。しかし、今の紅は違う。赤の術士の力を借り、赤の術士の術士と同じ場所に立っている。赤の術士と同じ場所に立っているから、傷ついた仲間が気になるということだ。
クロウは遠く離れた場所から、姿を隠したイザベラの目を通じて紅を見つめた。そして、紅が連れる赤の術士を見た。二人は下村登一の乱の時にも見た。浅黒い肌の背の高い男と、黒髪の長い女性。一人、あの時にいなかった男が紅の最も近くにいた。あの時、同じ顔をした者がいた。しかし、別人だ。一色が違うのだから、別人に違いない。
彼らは青の石を使い延焼する火を鎮火すると、集まって話をしていた。今、何が生じているのか、紅が仲間に話しているのだ。クロウはその行為を愚かだと思った。情報は有効に使うべきだ。紅は黒の色神が火の国に来たということを知っているが、それを仲間に話すべきではない。仲間が黒の色神に萎縮する可能性さえあるのだ。だからこそ、秘密にしたままクロウと戦わせるべきなのだ。赤の術士が優秀であればあるほど、黒の色神の恐怖を感じやすい。恐怖は術士の力を削ぐ。だから、秘密にするべきなのだ。
今の紅は強い力を持っている。しかし、その程度の才だ。宵の国では生き残れない。
駆けつけた瑞江寿和が紅を責め立てていた。
――異形の者が現れたのは紅の責任だ。
――術士への統括不足だ。
自らが巻き起こした事件であるのに、寿和はあたかも紅に非ががあるように話すのだ。それは、寿和の才だろう。
それでも、野江という女術士も口が立つ。寿和に容易く言い返してしまうのだ。だからクロウはイザベラを動かした。寿和に命令されてはいないが、クロウには必要な行為であり、決して寿和の損失にはならない。
――ギュルルル
イザベラが小さく鳴いた。遠く離れていても、クロウとイザベラは繋がっている。イザベラとクロウは4、5キロメートル離れていたが、距離は関係ない。クロウは瑞江寿和の屋敷で、イザベラに命じた。
「さあ、イザベラ。仕事の時間だ。紅との初対面だ」
クロウは呟き、イザベラに送る力を強めた。
――クロウ。無色は?
黒は相変わらず無色を気にしている。
「大丈夫。紅に無色を救出する余裕は無い。同じ火の国内部に大きな爆弾を抱えているんだ。今、紅に出来るのは、目の前の状況を鎮圧することだけ。目の前の仲間が殺されぬように、黒の色神クロウと対峙するだけだ」
クロウは縁側という外廊下に胡坐で座り、青空を見上げていた。その目には、イザベラが見る光景がはっきりと見えている。
「さあ、行け」
クロウはイザベラに命じ、イザベラを通じて紅と対面した。