黒の策略(9)
イザベラは団子屋を襲撃した。驚く無色。そして、吠える犬。想定外だったのは、偶然にも術士の男が団子屋に居た事だ。本当に偶然居たのか、偶然を装って待ち構えていたのか、クロウには理解できない。確かなことは、犬も男も強いということだ。
美しいイザベラは、残虐な赤の術士によって首を斬りおとされた。紅の石の力に阻まれた。しかし、イザベラにとっては、害をなすものではない。イザベラは不死の異形の者。容易く負けはしない。それに、イザベラに力を与えているのはクロウだ。一端の術士では相手にならない。爆音と共に団子屋は崩れた。イザベラの目を通じて見た赤の術士は、無色を守るために戦っていた。彼らが無色の意味を知っているのか、守っている小猿が無色だと知っているのか、クロウには知る由も無い。
「行け、イザベラ」
クロウはイザベラに与える力を強めた。イザベラは大きく吠えて、黒を膨らませた。赤の犬も、赤の術士の関係ない。
イザベラが犬に喰らいついた。まずは、犬が片付いた。次は、術士の男だ。刀を構える赤の術士も、イザベラの前では力をなさない。イザベラが赤の術士の肩口を貫いた。
「良い子だ。イザベラ」
クロウは離れたところからイザベラを操った。狙うは、無色。イザベラに命じ、クロウは無色を攫わせた。キーキーとわめく無色は、まさに小猿だった。唯一誤算だったのは、犬と赤の術士の執念とも思えるしぶとさだった。赤の術士はイザベラの身体に刀を突き立てしがみつき、犬もイザベラに喰らいついた。彼らは無色を守ろうとしている。
「構わないイザベラ。そのまま飛び立つんだ。山の方へ。さあ……」
クロウが命ずると、イザベラは飛び立ち都から離れた。
都から離れたイザベラだったが、赤の術士と犬の執念はクロウの想像を超えていた。二人はイザベラに再び牙を向けた。川へ落ちた無色を再び攫うことは可能だったが、クロウはイザベラをそれ以上無色に近づけなかった。無色を助けるためか、二人の術士が追っていたからだ。同時に、紅も動き始めた。想像と違ったのは、紅自らが動いたことだ。
「紅が動き始めた」
クロウが寿和に言うと、彼は意気揚々と支度を始めた。
「さあ、赤の術士たちに一泡吹かせてやろうじゃないか」
寿和はいつもの二人を連れて団子屋へ向かった。どうせ、紅を責め立てるのだろう。黒の異形の者が暴れたことを、紅の責任だと責め立てる。自作自演の演技ということだ。
「そうだ、九朗。赤の術士たちが集まったら、再び異形の者で攻め立ててやれ。赤の術士の無力さを知らしめ、赤の術士の非力さを民に伝え、紅から赤の術士という力を引き剥がすのだ」
顔が赤らむほど興奮して声を荒げる寿和を見て、クロウは笑いを堪えた。このような者に役職と権限を与えるとは、紅の治世もその程度ということだ。
「承知しました」
クロウが言うと、寿和は嬉しそうに破壊された団子屋へ向かった。