黒の策略(5)
クロウは紅の弱味を見つけた。下村登一に関してもそうだ。紅は、官府と敵対している。平和に見える国内に、二つの勢力があるのだ。
(官府)
(色神)
どの国でも生じうる問題だ。宵の国のように、色神が王として頂点に君臨すれば良いのだが、どうやら火の国は平和なため王という存在が無いらしい。色神は崇高なる存在であるが、絶対的権力者でない。見る限り、実質的な政治は官府が行っている。
クロウは笑いをこらえた。火の国は、これほどまに脆い国だ。平和で魅力的だが、脆い国。色神が民に喰われるなど、ありえない。根本的な考え方が、火の国と宵の国では異なるのだ。
安宿へ戻ると、老婆が夕食を用意して待っていた。焼いた魚と、米、そして茶色いスープを食べてた。この安宿では、夕食のサービスは無い。それでも、老婆がクロウに夕食を用意してくれるのは、クロウに対して何かしらの関心があるからだ。一つ、不自由なのは、食事に使う道具が使いにくいということだ。老婆は二本の棒を使って食事をつまんでいる。見よう見まねで行ったが、辛うじて使うことが出来た。クロウはもともと器用であるが、ナイフとフォーク以外での食事はそれなりに苦戦した。
「九朗、茶を飲みな」
老婆はカップに緑色のお茶を淹れた。
クロウは興味本位で親切の理由を尋ねた。すると老婆は、窪んだ目を細めて、白髪頭を撫でながら、その言葉には慈しみが大きかった。
「息子によう似とるんじゃよ。四十五年前に死んだ息子にな。病を患い、医師に見せたかったがそれほどの金が無かった。それだけのことじゃ。爺様が死んでから、この宿は寂しいもんじゃ。九朗が来てくれて、パッと賑やかになったの」
老婆は笑っていた。
「金が無いから、息子は死んだんじゃ」
老婆が悲しそうに笑うから、クロウは何ともいえない気持ちになった。この宿は賑わっている。なのに、なぜ金が無いのか。クロウが尋ねると、老婆は茶をすすりながら答えた。
「四十五年前は、宿主に宿税がかかり、医療も税がかかり高額だったからの、宿が賑わえば賑わうほど生活は苦しくなる一方じゃった。先代の紅様が官府に税の廃止を命じなければ、今ほど豊かにならなかったじゃろうな」
国を治めるということは、戦争に勝って平定することだけではない。税の徴収、治安の維持、公共事業の立案、実行、軍の整備、他にも様々な事業が必要となる。役人の任命、権力の分配、解決しなければならない問題は山積みだ。火の国以上に、宵の国の方が問題が多い。宵の国には、官府すら存在しない。
――クロウ、あなたは最高のクロウよ。
クロウの心が乱れると、察知したかのように黒が姿を見せた。老婆の後ろに立ち、バルーンスカートの裾を握り俯いている。心なしか、ツインテールに結んだ黒いリボンも俯いているように見える。今、火の国の内部に入り、火の国の至らなさを教えられる。同時に、火の国以上に遅れを取っている宵の国を、クロウは案ずることしか出来なかった。
「九朗、ゆっくりしていけ」
老婆は嬉しそうに笑った。