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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の茶会(3)

 不思議なもので、紅がそこにいると言うだけで空気が変わる。埃臭い部屋の中に、高貴な空気が色濃く満たされていく。高貴な香りが満たされていく。赤が満たされていく。佐久が埃を払いながらお茶を淹れ、野江が窓を開いた。差し込む光は、紅だけを照らしているようだ。

「佐久、お菓子は?」

まるで子供のように、落ち着きなく紅は部屋の中を歩き回り、勝手に物を引っ張り出していた。佐久も都南も、もちろん野江も何も言わなかった。紅という立場が許しているのか、彼女の人柄が許しているのか分からなかった。

「あった!」

紅は小さく笑い、棚の中を覗き込んだ。佐久は相当の甘党らしい。思い出せば、先ほども都南の甘味をつまんでいた。紅は悠真が見たこと無いほどの大量の甘味を佐久の部屋の棚から出した。

「やっぱり佐久はお菓子を隠し持っているんだな。えっと、栗饅頭に、葛餅に、醤油煎餅に、甘納豆に。あった、あった。あ、この甘納豆は栗を使っているんだな。珍しいな」

紅はとても嬉しそうに、楽しそうに甘味を出し、遠次だけが険しい目で紅を見ていた。台の上に甘味を並べた紅から守るように、佐久が甘味を抱きしめた。

「紅、あんまり食べないでおくれよ。最近、僕が甘味を食べ過ぎると言う人が多くてね、厨房でも甘味をくれないんだ。買出しに行く時間は無いし。紅が食べると、僕の分が減るでしょ。食べすぎは体に悪いとか言うけれど、頭を動かすには甘味が一番なんだから。紅は良いじゃないか。自分でもらってくれば良いでしょ」

悠真は佐久が甘味に固執する様子が可笑しかった。大人なのに、その仕草は子供と同じだ。

「いいじゃないか。お前は食べ過ぎだ」

紅が佐久から甘味を奪い取ろうと、台の上に身を乗り出した。わずかな拍子で佐久は腕を滑らせて姿勢を崩し、それを隣に座っていた都南が無言で支えた。都南と佐久は何とも言えない阿吽の呼吸で繋がれているようだった。都南に支えられながら身を乗り出した佐久は、焦り交じりの口調で紅に言った。

「駄目。僕から甘味を取ると、何も残らないよ。僕の身体は甘味で動いているんだからね。僕の動きが止まったらどうするの?」

佐久と紅が甘味を取り合っていた。二人の奪い合いを止めるように、一つ、野江が言った。

「二人とも、いい加減になさいな。紅も紅よ。佐久が甘味にこだわるのは知っているでしょう。いい加減になさい。紅、お座りなさい。――それで、甘味を奪い合うのは止めて、そろそろ教えていただけませんか?何をなさりに足を運んだのですか?なにか、用事があったのでしょう?」

ああ、と紅は言い、座布団に腰を下ろした。紅は台に肘をつき、片膝を立てて、そっと悠真を覗き込んだ。男勝りの姿も紅らしい。

「ああ、それはな。これを渡そうと思ったんだ」

悠真の前に差し出されたのは、長い紐の先についた紅の石。紅の細い手が紐を持ち、下で紅の石が揺れている。

「それは……」

都南が言った。微笑んだのは紅だ。

「そう、これは惣爺の石だ。それも、惣爺が隠居前に使っていた物だ。隠居してから渡した紅の石は、限度に達し色を失ったからな」

紅の石は、色濃く輝いていた。

 悠真は惣次の名を聞いて、とても嬉しかった。確かに惣次はここで生きていた。誰の口からでもなく、紅の口からその言葉を聞くと安心できた。故郷を、とても素晴らしいと言った惣次が、ここで生きていたという証を見たような気がしたのだ。惣次は、謎に包まれた人だった。今まで惣次がどのようにして生きていたのか、どのようにして泣いていたのか、悠真は知らない。祖父と酒を酌み交わす惣次の名が、紅の口から語られる。それだけで、惣次が存在したという何よりの証拠なのだ。ただ、なぜ紅が惣次の石を悠真に差し出したのか、その理由は皆目見当がつかなかった。

「どうしてそれを持ってきた?」

遠次が紅に尋ねた。紅は惣次の物だという紅の石を台の上に置いた。

「惣爺は死んだ。これは惣爺のために加工したものだから、他の誰も使えない。――小猿は使えるだろ。義藤の石が使えたんだ。惣爺の石も使える。そうだろ?」

紅の笑みは、悠真の心を惹き付けた。不敵で美しい笑みだ。その紅が悠真に言うのだ。

「惣爺が隠居前に使っていた紅の石は強いぞ。そこの野江や佐久の持つ紅の石に匹敵する力を持っている。我が国最高の加工師、柴が加工した石であるしな。上手く使いこなせよ」

異論を許さないような口調で紅は悠真に言った。しかし、都南が勢いよく台を叩き身を乗り出すと鋭い剣幕で紅に詰め寄った。

「分かっているのか?石の力は脅威だ。未熟な小猿に、惣爺の石を渡すということは、みすみす暴走することを許すようなことだぞ。刃を持つには、それなりの技量が必要だ。その刃が己や守るべき者を傷つけることだってあるんだ。未熟な小猿に、優れた術士である惣爺の石は重すぎる」

息巻く都南を制すように、そっと遠次が手を差し出し、都南を止めた。そして、深い目で紅と悠真を見比べて言った。

「紅、どうしてそれを小猿に渡す?」

紅は苦笑し、台に置かれた惣次の紅の石を指ではじきながら答えた。

「小猿に適した石を渡すということは、小猿を術士にするということだ。せっかく、選別を逃れたのに、術士にするのはかわいそうだろ。生半可な石を渡せば、小猿の力が勝ってしまう。義藤の石を使ったときに、小猿の力は証明された。術士の力と石の力は釣り合わなくてはならず、弱すぎる石を持つことも、強すぎる石を持つことも許されない。この石がちょうど良いんだよ。どうせ、加工された石は私以外、誰も使えないんだしな。私は自分の石があるから、それ以上の石は必要ない。ならば、誰がこの惣爺の遺品を使うんだ?兄弟であっても、遠爺は使えない。このまま眠らせておく必要もない」

悠真は、小猿な上に子供で田舎者だ。紅は小猿「悠真」が術士にならないように配慮してくれている。自分に適した自分の石を授かれば、悠真は正真正銘の術士となる。苦悩と苦難と戦いと緋を負う術士となる。紅は、悠真に緋を負わせないために、惣次の石を差し出したのだ。それを受け取るのか、受け取らないのか、どうすれば良いのか悠真は分からない。村の人や惣次、そして祖父の死に対する復讐を果たすには力が必要だ。惣次の石があれば、悠真は力を手にすることが出来る。直接、己の石を手にしたわけでないから、術士のように紅の配下として縛られることも無いだろう。海で自由に泳ぐ魚のように、野山を駆ける獣のように、悠真は自由の身のまま力を手にすることが出来る。惣次の石に大きな魅力を感じたが、それは許されないことだと思った。赤い羽織を纏った人たちに、許されないような気がした。何よりも、都南から発せられる殺気に悠真は萎縮し、蛇に睨まれた蛙のようになっていたのだ。

「受け取りなさい」

言ったのは、野江だった。小さな音を立てて、都南が動いた。その手が刀の柄を持っていたことを、悠真は見逃さなかった。

――殺される。

悠真は直感した。都南は悠真が惣次の紅の石を受け取ることに反対をしているのだ。義藤が悠真に向けた殺気とは少し異なり、都南の方が義藤よりも荒々しい。

――殺される。

都南が朱塗りの刀に触れ、悠真は身を固めた。

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