黒の策略(3)
クロウは憤慨する黒をなだめると、天井を見上げて息を吐いた。なぜ、火の国に足を運んだのか、その理由を見失いそうだったのだ。クロウは、無色を手にするために、火の国まで足を運んだ。宵の国を今まで以上に強固な国にするように、苦労は無色を望んだ。
「火の国」
クロウは呟いた。
無色を望むということは、どういうことなのか。それは、火の国を侵略するということ。火の国を侵略するには容易い。火の国の民は、平和に慣れきり戦争の緊張感も知らない。宵の国の二軍ほどで攻め落とすことが出来るだろう。もちろん、赤の術士たちの抵抗もあるだろうが、異形の者の力と戦争に慣れた宵の国の軍の強さは本物だ。
「火の国」
この国を攻め落とす。クロウは、内部に侵入して、それが可能であることを知った。紅の力は恐ろしいが、周囲から力を剥ぎ取ってしまえば良い。下村登一を通じて見た紅の仲間。力を持つ者は僅かだ。彼らから切り離し、紅を一人にすれば良い。
しかし……
火の国は不思議な国だ。その国を滅ぼすことが、正しいことのように思えなかった。今、クロウが抱いているのは、純粋な興味だった。火の国に対する興味。紅に対する興味。紅を守る赤の術士たちへの興味。そして、無色への興味。
――クロウ。
ふいに黒の声が響き、クロウの横に黒が座っていた。どうやら黒はいじけているらしい。
「どうしたんだ?黒」
クロウは黒を見上げた。蹲って座る黒は、何かを言いたそうにクロウを覗き込んでいた。
「おいで」
クロウが手招きすると、黒はクロウの傍らに横になった。クロウの腕を枕にするように、それでもクロウには背中を向けていた。黒とクロウは生きる世界が違う。だから、クロウに黒の温もりを感じることは出来ない。
「一体、どうしたんだ?」
クロウが尋ねると、黒はクロウに背中を向けたまま言った。
――ねえ、クロウ。宵の国を見捨てないでよね。お願い。宵の国を見捨てないで。
いつもは我がままなお嬢さんである黒が弱い言葉を口にすると、クロウの胸は締め付けられるような思いがした。
「なんで、そんなこと気にしているんだ?俺は、宵の国のクロウだ。見捨てたりしないさ」
クロウが言うと、黒はパッと身を起こし、クロウを覗き込んだ。
――あたしは、クロウを信じているんだから。宵の国は、昔は平和な国だったのよ。広大な土地に、黒の石。一番豊かな国になるはずだったのに、どこかで間違ってしまったの。誰もが口を揃えて言うわ。宵の国は戦乱の国だって。あたしは、悔しい。
黒が言うから、クロウは思わず笑った。火の国は平和だ。それは、宵の国で生まれ育ったクロウには信じられないほどだ。
「何も心配するな。俺は、宵の国のクロウだ。大丈夫。俺が、宵の国を作り変えるのだから」
それは、クロウの決意であった。クロウの覚悟であった。クロウの地位がそうさせるのではない。クロウでなければ、己が死んでいたと分かっているから覚悟が決まるのだ。クロウにならなければ、ラエ国と共に滅んでいた命。今更惜しんだりしない。クロウは火の国に足を運んだ。そういうことだ。
「大丈夫だ。黒。じっくり見てみよう。無色を探してな」
クロウは言うと、身体を起こし、紙の窓の外を見た。そこには、赤い城があった。