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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と来訪者
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黒の策略(2)

 クロウは紅城を見ながら、これからの策を練った。まずは、紅の力と動きを見なければならない。それに、火の国がどのような国なのか、観察する必要がある。

 都に入ると、商人の列に別れを告げクロウは市街に立った。すれ違う人から財布を抜き取り、金銭を手にした。豪華な絹の服を着た者の財布は、当然のように重かった。黒の色神が盗みを働くのは、クロウとしての品位を損なうことかもしれないが、クロウはあまり気にしていなかった。そもそも、人の良い火の国の民だ。戦いから離れたところで生きている者たちだ。戦乱の宵の国で生きてきたクロウの動きについてこれるはずが無い。

 財布を手にすると、クロウは手ごろな宿を探した。宿の取り方も火の国と宵の国では異なる。道行く人に宿の場所を尋ね、安宿へ向かうと、老婆が台帳を取り出した。部屋を借りたいことを伝えると、老婆はニッと笑った。

「ここに名を書きんさい」

老婆に言われ、クロウは頭を抱えた。言葉に関しては、紫の石で誤魔化せるが、字は分からない。

「もしかして、あんた字が分からんのかえ?」

老婆はくぼんだ目を見開き、歯の抜けた口で笑った。しかし、それは人を馬鹿にするような笑いではなく、慈しむような笑いだった。

「そうかえ、大変やったんやなあ。婆ちゃんが書いてやるけん、名前はなんて言うんかえ?」

何を勘違いしたのか、老婆はクロウに親切にしてくれた。

「そやけど、代金は前金で頼むな」

どうやら、この国では字が分からないことが珍しいらしい。教育水準の高い国のようだ。字が分からないということは、とても異質で品位の悪い者のように思えるが、老婆は泊ることを拒まない。本当に、馬鹿正直に親切な国民性だ。騙しあいと策略が横行している宵の国とは対照的だ。

「それで、名前は何かえ?」

老婆が言い、クロウは迷った。名は何というのだろう。ここで、今更本当の名を言う必要もないうえ、異国の名を聞いて老婆が戸惑うのは当然だ。火の国の適当な名も知らない。迷った末、クロウは言った。

「クロウ」

クロウが火の国にいる。この安宿まで紅が手を伸ばしたのなら、知られても仕方ないと思ったのだ。

「そうかえ。はいはい」

老婆は筆を丁寧に動かし、和紙に書いた。

「あんた、何人兄弟なんかえ?九番目っていうことは、大家族やな。そりゃあ、学校に通うのも大変じゃろ」

老婆は笑いながら、書いた。


――九朗。


「あんたには、朗らかの字の方が似合うじゃろ」

老婆は笑った。人の良い笑いだ。


 クロウが思うに、赤は攻撃的な色だ。なのに、火の国の民はとても温かい。クロウはどこか、火の国に慈しみを覚えた。そして、クロウは火の国で通用する名を手にした。「九朗」というのが、火の国で通じるクロウの名だ。


 クロウは名を手にし、火の国の民になり済ますのだ。

 火の国は建物の中で靴を脱ぐ。小国ならではの小さな建物の中で、身を寄せ合って生活をしているのだ。木張りの狭い廊下の先にクロウの部屋はあった。プライバシーも何もかも無視したような紙張りの引き戸の先に、草を押し付けたような床の小さな部屋がある。もちろん、扉に鍵などない。火の国の民は、本当に平和に浸っている。クロウはそれを愚かだと思い、同時に羨ましく思うのだ。

――ちょっと、何考えているの?クロウ。まさか、火の国に居つくなんて言わないでよね。

部屋に入って早々、黒が姿を現してクロウを制した。頬を膨らませて黒は怒っていた。

「何を怒っているんだ?黒」

クロウは黒の頭を撫でると、草張りの床の上に寝転がった。狭い部屋だが、手入れが行き届いて埃臭さは感じない。床に気兼ねなく寝ころべるのも、新鮮だった。

――あたしは、怒っているんじゃないの。心配しているの!

黒の口調は荒い。

――何を考えているの?さっさと無色を捕まえれば良いじゃない。

クロウは頬を膨らませて怒る黒を横に天井を見上げた。

「時を待て。それが第一だ。黒。俺を信じろ」

クロウは赤で満ちた火の国で、紅を探っていた。

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