黒の策略(1)
火の国は一風変わった国だ。
それが、黒の色神「クロウ」が抱いた火の国への率直な感想だ。異形の者「イザベラ」に乗り火の国に着いたのは、五日前のこと。黒の色神クロウであっても、黒の石を無尽蔵に使えるわけではない。イザベラは消えないが、クロウは消耗する。だから、途中の国で休憩しながら、クロウはようやく火の国に到着したのだ。
火の国に着いて、一番に行ったのは衣類の調達だ。些細な漁村に舞い降りたクロウは、イザベラを使い衣類を盗み出した。しかし、着方が分からない。なぜ、紐で服を留めることが出来るのか、クロウには理解できない。見よう見まねで、衣服をまとったクロウは、森の中に隠れてイザベラを使いに出した。空の上から、火の国の様子を見物していたのだ。
偶然にも、クロウが舞い降りたのは都から然程距離の無いところであった。そもそも、小さな島国である火の国の大きさは、宵の国の小国とされたラエ国より小さい。
森の中に入れば、植物も宵の国とは違う。苔生す岩。湧き出る清水。大木の下には蔦が巻き、木漏れ日が差し込む。斜面は急で、苔で足をとられる。少し空気が冷たく感じるのは、空気が澄んでいるから。そして、清水が豊かだからだろう。クロウは手ごろな岩の上に座った。岩の間から、小さな虫が這い出し、クロウの姿を見て岩陰に再び隠れた。キチキチと鳴くのは、名も知らない鳥だ。
「火の国とは、神秘的な国だな」
クロウは一人、呟いていた。国を閉ざしているから、火の国の情報はあまり入ってこない。流の国を問いただせば、多少は入ってくるだろうが、流の国との関係を悪化させるほどクロウは愚かではない。第一、国を閉ざしていたとしても、進入しようと思えば容易く進入することが出来るのだ。
クロウはいつまでも、森の中で座っているつもりは無かった。クロウは、火の国の内部を探らなくてはならないのだ。
言葉の問題は紫の石を使うことで容易く解決する。クロウはイザベラを都近くの町に飛ばし、町の様子を見た。そして、必要物資を気づかれないように調達すると、都へと足を進めることにした。
火の国の色神紅を侮るつもりは無い。下村登一という男を介して探った紅は、聡明で強い存在だった。下手に手を出せば、逆に噛み付かれそうな存在。だから、クロウは油断したりしない。
都に行くだろう商人の列に、口八丁で紛れこんだ。
――都に嫁いだ妹からの手紙が途絶えた。心配だから、都まで行きたい。嫁いだ娘の所に行くなと、親族から反対され、小銭しか持たずに飛び出してしまった。都までたどり着けるか不安だから、同行させて欲しい。
そんな嘘だ。火の国の民は人が良いのか、何の疑問も抱かなかった。笑みを浮かべながら、商人の列に何の疑問も持たずに、受け入れてくれた。
万一、色神紅が都に入る者を監視していたとしても、商人の列に紛れるクロウを見つけ出すことは不可能だ。クロウはイザベラを呼び戻し石に戻すと、商人の列に加わって足を進めた。
近づく都は、門で囲まれ守られていた。都に入ると目を引くのは、紅色の城だ。クロウが住むのは黒い城。紅色の城を見ると、ここが赤の国であると証明されたような気がした。