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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と来訪者
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藤色の忠義(8)

 空気が歪み、きしきしと瓦礫が音を立てた。義藤はそっと紅の袖をつまんだ。強大な敵が迫ったとき、誰が紅を守ることが出来るのだろうか。今、義藤には紅の石が無い。この二十日間、紅の石を持たない義藤は、身体の一部を失ったような感覚を覚えていた。それは、不安と似ている。都南と違い、義藤にとって紅の石は戦いの生命線だ。紅の石を持たないことは、力の半減を意味する。紅を守るどころか、仲間を危険にさらすかもしれない。

「安心なさい。義藤」

そっと野江が言った。自らの弱さを野江に見抜かれていると思うと、とても恥ずかしかった。しかし、その弱さを超えなくては、義藤は強くなれない。

「皆様方、お逃げなさい」

野江の声が凛と響いた。状況が理解できない足立寿和ら官吏たちは、動きを止めていた。

「――来るぞ」

紅が一言呟いた後、空気を切り裂くように異形の者が姿をあらわした。


 恥ずかしながら、下村登一の乱の時に異形の者と戦ったのは赤丸である。義藤は、異形の者を見て思わず足がすくんだ。同時に、己の弱さを突きつけられる。強くあろうと足掻いても、己の弱さからは逃げることが出来ない。


――異形。


黒い異形の者は、大きく口を開けた。口の中までが黒いから、異形の者の不気味さを増していた。黒の石が生み出す異形の者。不死の異形と対峙する恐ろしさは、生き物であれば同じはずだ。

「うわぁぁ!」

寿和も、彼が連れて来ていた官吏も悲鳴を上げていた。

「術士でなければ対応できないわ。逃げなさい」

野江の声が響き、官吏も女店主も逃げ出した。遠巻きに見ていた野次馬も離れていく。幸か不幸か、この場に邪魔者がいなくなったということだ。

「なるほど、これか……」

紅は呟くと、手首を口元に当てていた。紅の手には紫色の数珠が巻かれている。紫の石は伝える石。割った片割れに言葉を伝えることが出来る。紅は、砕いた紫の石を沢山もち、そこから仲間に言葉を伝えているのだ。もちろん、義藤も紅とつながる紫の石を持っている。しかし、紫の石も無限に存在するわけではない。だから、赤の仲間たちは、紫の石を一つしか持っていない。それは、紅とだけつながる石だ。盗み聞きするつもりは無いが、紅の近くにいた義藤には紅の言葉が聞こえてしまった。

「――赤丸。黒はこっちに来た。もしかしたら、そちらを見失ったのかもしれない。ならば、そちらで隠れていろ。どちらにしろ、紅城に白の石は無い。隠れて、時間を稼げ」

紅の言葉は赤丸に届けられた。赤丸は悠真を救出に向かった。ならば、そこに柴もいるはずだ。

(そばにいろ。紅の傍らに立ち続けろ。それが、義藤の仕事だ)

柴の言葉が義藤の脳裏に響いた。柴の言葉が、義藤の道を示していたのだ。


 一歩、また一歩と異形の者は近づいてくる。


 一歩、また一歩と黒が赤に迫る。


――ぎゅるるる……


異形の者が吼え、鋭い牙の並んだ口を開いた。異形の者の前足に力が入り、鋭い爪が瓦礫を砕く。一跳びで紅を喰らう力を持つ。

「これが、柴が戦った異形の者ね」

野江が言い、野江の持つ紅の石が赤色の光を放った。赤色の光は異形の者の身体を切り裂き、直後に駆け出した都南の赤い刀が異形の者の首を切り落とした。

「こんなことで止まらないことは、二十日前に学習済みだ」

都南が言った。


 もしかしたら、都南は油断していたのかもしれない。都南が簡単に背後を取られるはずが無い。


 普通ならば、信じられないことだ。切り落とされた異形の者の首は動き、背後から都南に喰らいつこうとした。首だけで動く異形の者の不気味さは、言葉では表現しがたい。

「しっかりなさい!」

野江が叫び、再び赤い光が輝いた。


 赤い光に異形の者の首は阻まれた。――義藤はそう思った。もちろん、野江と都南もそう思ったはずだ。

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