藤色の忠義(5)
野江とは対照的に、都南は険しい表情をしていた。都南の手は刀の柄を握っている。都南は時々刀の柄を握り締めている。義藤は、それが都南の精神安定剤のようなものだと思っていた。つまり、今、都南は至極不機嫌なのか、緊張しているかのどちらかなのだ。武将気質の都南のことだから、このまま黙っておくつもりなのだろう。しかし、義藤はそれが間違いだと思っていた。義藤たち赤の仲間は、同じ人に命を託している。小さな不満は不安が仲間内の信頼を破壊してしまうかもしれないのだから。
「どうかしましたか?」
義藤は、そっと都南に尋ねた。都南は驚いたように目を見開き、そして俯いた。
「あら、都南。何かあったのかしら?」
野江が都南に問うた。野江の発言が拍車をかけるのか、都南の不機嫌さは増している。野江と都南は、義藤がいつか越えたいと願う壁だ。義藤より上に立つ二人は、義藤にとって超えたい壁ではあるが、それはいつの日かの話である。義藤は自らの力の至らなさを知っていたし、おごり高ぶるつもりもなかった。柴が、そして野江、都南、佐久がいたから紅は支えられてきたのだ。
「都南、不満そうだな。いまさら遠慮も何もあるか。言いたいことがあるなら言え。私の判断が必ずしも正しいとは言い切れない。私の誤りに気づき、私を止めるのもお前たちの仕事だ。私は紅の石を生み出す力を持ち、紅の石を監視する力を持ち、最も強い術士であるが、人間として長く生きているのはお前たちの方だろ。人生経験は、お前たちの方が豊かだ」
謙遜しているのか、見下しているのかはっきりしない物言いが何とも紅らしい、と義藤は思った。都南は猛獣のように眼を鋭くし、低い口調で言った。
「お前がそこまで言うのなら、言わせてもらう。言ったところで、強情なお前が考えを変えるとは思わないがな。――俺たちを見くびるな。何が生じているのか、何が敵なのか、お前は知っているはずだ。知っているから、日頃以上に警戒をしている。知っているから、隠そうとする。この状況も、なぜ生じたのか知っているはずだ。それを話してもらいたい。こんな破壊、一介の術士ができるものではない。下村登一以上の者が動いている、その正体をお前は知っている。どうなんだ?」
都南は紅を問い詰めていた。義藤は紅を擁護するつもりはない。紅は誰よりも強い存在。強くなくてはならない存在なのだ。義藤にできるのは、紅の隣にいることだけなのだから。
紅は小さく息を吐いて、辺りを見渡した。それは、周囲に警戒をしている様子だ。離れたところで女店主が蹲って泣いている以外、誰一人の姿も見えない。赤い羽織が人を遠ざけているのだ。紅の目は強い。その強さは、義藤から紅は年下の女性だとう侮りを消し去ってしまう。それは、都南や野江も同じはずだ。
「異色が火の国に来ているんだ。石が来たとか、そんな話じゃない。石を生み出す色神が火の国に来ているとして、先の襲撃の犯人を想像するのは容易い。色神黒が火の国に来ている。ならば、襲撃の犯人は、色神黒だろうな」
紅の目は偽りを含んでいないことを示している。
――色神黒。
なぜ、色神黒が火の国に?
「どういうことなのですか?」
動揺をひた隠しにした野江が紅に尋ねた。紅は、まっすぐに野江を見ていた。
「言葉のままの意味だ。この襲撃は、色神黒の仕業によるものだ。何度も言っているだろ。火の国は大きな局面に立たされている。異国と異色が火の国を狙っている。だからこそ、私たちは平静を欠いちゃいけない。柴が敗れようと、私たちはそれを見せてはならない。柴と悠真は、赤影の二人が追っている。あいつらに任せておけ。私たちは、私たちのするべきことをするだけだ」
紅が言いはなった時、馬の蹄の音と共に、官服を来た男たちが姿を見せた。