藤色の忠義(1)
紅城にて、紅の表情が変わったのは突然のことだった。義藤は紅と少し離れたところにいたが、紅の表情が豹変したことにすぐに気づいた。紅は俯き、頭をかいていた。その表情には焦りの色が濃い。縁側に座った紅が空を見上げ、立ち上がったときに、義藤は只ならぬことが生じたのだと理解した。
「紅」
義藤は紅に歩み寄り、そっと声をかけた。まだ、他の仲間は紅の異変に気づいていない。だからこそ、義藤は小声で紅に声をかけた。
――何かが生じた。
それは紛れも無い事実だろう。紅しか気づかないこと。それは、紅が生み出した石に関わる何かだ。次に紅がどのような行動をとるのか、どのような決断をとるのか、義藤は紅に詳細を確認するつもりだった。強大な紅の力を誰かの意志で使うのではなく、彼女の意志で使わなくてはならない。義藤は常々そう思っていたからだ。
紅は義藤が声をかけたことに、はっと気づき、そっと義藤を手招いた。
「ちょと、来てくれないか?」
紅の目には焦りの色が強い。
――何かが生じた。
紛れもない事実だ。
紅は無人の部屋に義藤を招くと、そっと口にした。義藤は紅が何をみて語りかけているのか分からない。しかし、そこに赤丸がいるのだろう。
「赤星の石が使われた。それも、市街の真ん中でだ。何かが起こっている。先に見てきてくれ。必要があれば、助けるんだ。負傷者が出るかもしれない。赤菊も連れて行け」
義藤には赤丸の姿は見えない。しかし、紅が言った後、赤丸が去ったのだと理解した。紅の表情が緩んだからだ。
「義藤、まもなく私のところにも連絡が来るだろう。悠真が一人で市街へ抜け出したことには気づいていたが、どうやら何かしらの問題に巻き込まれたらしい。念のため、赤影の一人を護衛につけていたのだがな。赤星は優れた術士だ。お前よりも年齢が上だし、状況判断能力にも優れる。赤星がいるから、よほどのことは無いだろうが」
紅はそのように話していたが、気休めであることを義藤は感じていた。紅と長年一緒にいるから、分かるのだ。それでも、紅が気休めでも自らを安心させようとしているのなら、義藤は冷たい言葉を伝えるつもりは無い。紅は賢い。全てを知った上で、自らを安心させようとしている。義藤は紅の張り付いた表情見ることしか出来ないのだ。
「義藤、すぐに出れるよう準備をしておいてくれ」
紅の言葉に義藤は頭を下げた。
直後、紅城に早馬が駆け込んできた。市街の中央で、術士と異形の者が戦ったという知らせだ。
「都南、野江。すぐに出れるな」
紅は野江と都南に言った。二人は深く頭を下げた。
「都南。朱軍は春市と千夏に任せろ。私たちだけで先に行く」
そんなことは通常ならば許されない。火の国の色神である紅が朱将と陽緋と一緒に向かうなんてありえない。朱将が朱軍から離れることもありえない。しかし、それを許させてしまうほどの行動力が紅にはあり、どんな難題にもついていくほど、義藤たちは紅を信頼しているのだ。
「佐久、お前はここで調べていてくれ。何かが起こっている」
紅の言葉に佐久も頭を下げ、紅は身軽な動作で馬に飛び乗った。紅を先頭に、義藤たちは市街へ駆け出した。