赤の都(1)
紅のお膝元と呼ばれる都は悠真の想像を超越していた。行き交う人々。軒を並べる商店。活気に満ちた人々。数え切れないほどの人間が都で生活をしているのだと、悠真は改めて実感させられた。人々は笑顔で歩き、活気で満ちていた。商店の奥には長屋が連なり、人々の生活は作り上げられていた。
「へえ、ここが都かぁ」
悠真が辺りを見渡しながら歩いていると、荷台を引いた馬にはねられそうになり、慌てて道の端によけた。
「こら!ぼさっとしてんじゃねえぞ。田舎者!」
御者に怒鳴られた悠真は、思わず肩をすくめた。
店の軒先に並ぶのは、火の国全土から集められた様々な品物だった。色とりどりの工芸品。珍しい食べ物。新鮮な海の幸。山の幸。そして悠真の鼻をくすぐる醤油の香り。香ばしく焼ける醤油。その匂いは、田舎者の悠真が滅多に嗅ぐことができない、素敵な香り。みたらし団子のの焼ける香り。
「団子じゃんかよ」
悠真は鼻に導かれるまま、入り組んだ商店街を進み、一歩路地裏に進んだ。
「うぉん」
吼える声に驚いて振り返ると、そこには身体の大きな犬がいた。子牛ほどの大きさがあるのではないかと思われる犬で、立派に立った耳と巻いた尾が印象的だった。これほどまでに大きな野犬がいたら、人々は怯えるだろうに、犬が大人しいから不思議と恐ろしさは無かった。賢い犬。そういう印象だ。おそらく飼い犬なのだろう。人が荷物を背負うように、犬の前足と背には革の輪が通され、胴輪の胸の辺りには革の箱がつけられていた。きっちり縫い合わされた革の箱は、容易く開かないだろう。何を持っているのか分からないが、ただの犬のようには思えなかった。確かなのは、犬が大人しく賢いということだ。だから、人間に噛み付いたりはしないだろう。
犬はゆっくりと悠真に歩み寄り、そっと悠真の着物の袖口をくわえた。まるで、連れて帰ろうとしているようだった。
「お前、何者だ?」
犬に声をかけることは変なことであるが、自然と悠真は声をかけていた。
「帰れっていうのかよ」
犬は悠真を連れ帰ろうとしているようだった。
「犬のくせに」
悠真が言うと、犬は怒ったように悠真を睨みあげた。まるで、悠真の言葉を理解しているようであった。
「俺は団子が喰いてぇんだ!」
悠真は懐に隠していた小銭を取り出した。佐久にねだって、野江に甘えて、やっと小銭を貰ったのだ。
――紅城にいる限り必要ないだろ。
――万一のこともあるかもしれないだろ。
そんな言い訳を必死でしながら、悠真はようやく小銭を貰ったのだ。いつか、このような機会があるかもしれない、と期待していたのは言うまでもない。手に入れた小銭は、ようやく団子一つ食べれる程度のものだ。団子や焼きたてに限る。佐久は完全な甘党主義で、砂糖が少ないみたらし団子には興味が無い。興味があるのは餡団子なのだ。だから、悠真はみたらし団子が食べたくて、食べたくて仕方が無かったのだ。この匂いを嗅いで、我慢なんて出来ない。紅城で大人しくじっとしてたのだから、このぐらい許してもらいたいものだ。
「ちょっと、あんた。店に入るのかい?入らないのかい?」
暖簾を掻き分け、店の女が姿を見せたから、悠真は即答した。
「もちろん、入るに決まっているだろ」
袖口をくわえたままの、子牛のように大きな犬を引きずりながら悠真は店に向かった。