動き始める赤(3)
――官府との歩み寄り。
何とも容易いことのようで、それはとても難解なことである。官府と色神紅は何度も争い、生じた亀裂は深い。赤の仲間たちは、紅の提案に従い、そして慌しく動き始めた。官府の内情をさらに詳しく探り、官吏と接触する方法を何度も検討する。万一、手はずの間違いがあり、紅に敵対する官吏に知られれば、すべては水の泡となってしまうのだから。それほどの大仕事には、赤い羽織を託された仲間たちの働きが必須となる。
「悠真君。少し慌しくなりそうだから、少し授業はお休みだね」
佐久が言った。佐久は大量の書物に囲まれていた。どこからか探ってきた官吏の名簿などらしい。全てに目を通すのは気が遠くなる作業だ。
「悠真。ちょっとの間、術の練習はお休みにしましょう。私はしなければならないことがあるから、秋幸と冬彦に練習に付き合ってもらって」
野江が早足で通り過ぎながら言った。野江は術士の筆頭「陽緋」として術士をまとめていた。赤の仲間しか紅と官吏の歩み寄りの計画を知らない。末端に知られないように、日常をこなしつつ、万一の時のための官府周囲への人員配置をさりげなく行っている。仕事の出来る歴代最強の陽緋野江でなければ、気が狂うような業務量だ。
「悪いな。ちょっと朱軍の関係で慌しくてな。鍛錬なら、秋幸と冬彦と一緒にしてろ」
都南が馬に騎乗し紅城から去りながら言った。野江と同様、朱軍の将軍として、万一のために軍を動かす場所を決めているのだ。同時に、有事に備えて軍を再度統制する必要がある。寝る間も惜しんで働いているのは、周知の事実。春市と千夏の手助けがなければ、体調を崩してしまいそうなほどだ。ということで、春市と千夏も悠真に付き合ってはくれない。
「すまないな、悠真。俺もこれ以上休んではいられない。官吏と接触して紅の命が狙われる危険が増す。俺は本業に戻ることにする」
義藤が生き生きと歩いていた。赤い羽織がはためく。ようやくの仕事復帰に気合が入るのも当然だ。何せ、義藤は努力を惜しまぬ天才。仕事に追い詰められたりはしない。
「ごめんね、悠真。俺が言い出したことだからね。ここに置いてもらう礼も兼ねて、俺は紅に全力で協力しないといけないからね」
秋幸は彼らしくもなく、縁側を小走りで移動していた。秋幸の言うことも最もだ。秋幸が全てを知っているだから。
「はあ?なんで俺が悠真の相手なんてしなきゃいけないんだよ。せっかく、野江や都南、佐久から解放されたんだぞ。俺は紅城散策でもするから、ついてくるんじゃないぞ」
冬彦は縁側で寝そべりながら言った。冬彦はいとも容易く悠真を突き放し、悠真は一人手持ち無沙汰になってしまったのだ。
紅城の縁側に一人寝そべり空を見上げる。何も変わらない。そこで悠真の心に隙が生まれた。
――少し、冒険に行ってみようか。
それは心の隙のようなものだ。紅城があるのは都だ。その都にいるというのに、悠真は一人で紅城にいる。紅城に来るために、空挺丸に乗ったとき、空から見た都は活気で溢れていた。だからこそ、都にいるのに紅城に留まっておくことがもったいないことのように思えたのだ。
――少し、冒険にいってみよう。
紅城に足を運んでから、悠真は赤の仲間に気を使っていた。大人しくあれ、賢くあれ、それは本来の悠真ではない。紅城から出るための門の場所は知っている。同時に、抜け道も確認済みだ。紅城は大きな塀で覆われているが、木が塀の近くに植えられている場所がある。田舎者の悠真にとって、木登りは容易いものだ。降りるには縄を枝に結んでおけばいい。
悠真も動き始めた。
さあ、都へ。