動き始める赤(1)
異国が火の国に興味を持っている。無色を持つ悠真が火の国にいる。それが世界の混乱と色の世界の混乱につながっている。
火の国を下村登一の乱から二十日が経とうとしていた。
刀で打ち合う音が響く。優れた剣士たちが、己の技術の向上を願って打ち合っているのだ。悠真はその様子を、ただ見ていた。打ち合っているのは、都南と春市だ。二人の刀の腕は確かで、竹刀の打ち合う音が響いていた。春市は義藤よりも腕力が強いため、打ち合いにも迫力がある。刀の使い方も身の使い方も人それぞれなのだ。
悠真が横に目を向けると、不服そうな表情をした義藤がいた。義藤は先の下村登一の乱で深手を負い、二十日経った今、身体を動かしたくてうずうずしているのだろう。しかし、それを顔に出さず、赤い羽織姿で姿勢を正したまま、竹刀で打ち合う二人を見つめていた。
「不服そうだな、義藤」
紅がまたもやいきなり現れ、そっと義藤の肩を叩いた。義藤がそっと睨みあげた。
「そろそろ、身体がなまりはじめたころだ。早く紅の石を手にして、朱護頭として職務に復帰したいものだ」
義藤の悪態を紅は低い笑いで誤魔化した。
「柴が戻ってこないんだ。仕方ないだろ。文句があるなら、お前が直接柴に言えばいいだろ。ただ、もう近くまで帰って来ているみたいだぞ。もう少し気長に待て」
紅が嫌味を込めて笑っていた。
「それなら早く戻ってきてもらいたいものだ。俺はもう全快だというのに」
義藤は動ずることなく、小さく笑った。そして義藤はゆっくりと目をめぐらせ、縁側の向こうで書物に向かう佐久を見ていた。
「もう少し待て。どっちにしろ、柴が戻ってくるまでにしておくことがある」
紅は次なる何かを考えているのだ。
悠真は毎日このような光景を見ていた。紅城では赤の仲間たちが鍛錬を重ね、紅を中心に日の国をまとめようとしていた。無力な悠真は、そのような光景を毎日、毎日見ていた。
忙しさの間に佐久が悠真と秋幸、そして冬彦に物事を教えてくれる。幼い冬彦は当然ながら、元来聡明な秋幸を佐久が気に入ったから、この三人が集められることととなったのだ。
都南が忙しさの間に、剣術をつけてくれる。もともと、野江と都南と義藤が三人で行っていたものに春市、千夏、秋幸、冬彦、そして悠真が加わったのだ。もともと、隠れ術士として山で鍛錬を積んでいた四人と違って、悠真はこれまでの人生で刀なんて握ったことが無い。完全に遅れをとり、体力的な面でも女性の千夏にも勝てない状況だ。
野江が忙しさの間に術の使い方を教えてくれていた。忙しい陽緋から直々に術を習うなんて、恐れ多いこと。これも、将来を期待された秋幸と冬彦、そして悠真の三人で取り組んでいる。春市と千夏は都南と共に業務に回っているから、野江と時間を合わせることが難しいのだ。術を使えて、もともと才能豊かな二人と違い、悠真は自在に術を引き出すことが出来ない。基礎から、延々と鍛錬を積んでも先が見えない状況だ。
悠真は一人差をつけられたように感じ、当然のことに苦しんでいた。紅は佐久の方へと駆け寄っていた。これから、また佐久の甘味を奪いに行くのだろう。二人、縁側に並んで座る義藤が、打ち合う都南と佐久の様子を見ながら言った。
「気にするな」
突然かけられた声に驚き、悠真が義藤の方を見ると、義藤は視線を打ち合う二人から動かすことなくゆっくりと続けた。
「他人と比べて自分を情けないと感じたりするな。お前はお前だろ。誰だって、最初から出来る者はいない。そうだろ」
義藤の言葉は、時に優しく温かい。
「俺はもう、忠藤に立ち向かったりしない。あいつはあいつで、俺は俺だ」
悠真が義藤の抜き身の刃のような横顔を見ていると、ふと義藤が悠真の顔を見て続けた。
「悠真はもう、動き始めたのだから」
義藤が微笑み、そっとその手が悠真の肩に乗せられた。
――動き始めた。
その実感は無かったが、悠真は確かに動き始めたのだ。