色図と流の国の色読(2)
アンナが見たのは色図の乱れであった。火の国の上に輝く赤。その赤が強烈に輝いたかと思うと、赤に黒が混じり、そして消えたのだ。火の国は小さな島国である。鎖国をしているので、表立って外交を持っている国はいない。流の国だけが、火の国への立ち入りを許されているのだ。その火の国に黒が混じった。何を意味しているのか、想像するに容易い。
石を使う程度の色の変化でもアンナは色図から読み取ることが出来る。ただ、今の火の国の状況は通常ではありえない。少なくとも、赤の色神紅に何かしらの動きがあったのだ。
黒が混じる前、火の国で二度白の石が使われた。火の国は鎖国をしている。貴重な白の石を手にすることはあまり無い。その石が使われるということは、色神紅に危険が迫っているということだ。何度か、赤であるのに赤でない色が輝いていた。まるで、赤に染まった他の色のようである。
――火の国で何かが生じている。
一瞬であっても、火の国に黒が姿を見せた。黒を司る今の色神は、優れた者だ。黒の色神が宵の国を平定したことで、世界の色図は大きく動いた。物価のレートも変化した。宵の国が統一されたことで、黒の石が市場に出てきた。宵の国が異国を攻めるのではないかと、隣国が備えるために黒の石を求めたのだ。同時に、紅の石の価値も高騰した。しかし、紅の石は鎖国中の火の国の石。容易く手に入らない。それらを調整するために、中央政府は不眠不休で働いていた。
「色図がどうかしたの?アンナ?」
メディラが彼女らしい美しい笑みでアンナに尋ねた。彼女は気づいていない。この色の乱れを。思うと同時に、このことを口にして良いのかアンナは迷った。アンナの指導員であるメディラが気づいていないのだ。誰が信じるだろうか。同時に、全てが真実だとしてメディラの立場はどうなってしまうのか。メディラは将来を有望された人だ。ここでアンナが足を救うことは出来ない。
「いえ、何でもありません」
アンナは俯いた。色図の乱れが、アンナの見間違いであることを信じて、全てから目を背けたのだ。
「アンナ、正直におっしゃりなさい」
メディラは立ち上がり、ゆっくりと色図に歩み寄った。彼女が色読という証拠であるローブが地にすられる。彼女が持つ長い杖が色を放つ。
「アンナ、まだ気づいていない人も多いけれど、いずれあなたは流の国一の術士になるわ。そして、流の国一の色読になるのよ。あなたが色図がから何かを読み取ったのなら、それが真実。真実を知らなくては、流の国は潰れてしまうの」
メディラは穏やかに、それでも凛と言った。だから、アンナは正直に伝えた。
火の国で二度白の石が使われた。
火の国に黒が混じった。
火の国に赤に染まった何かの色がある。
アンナは簡潔に見たままを伝えた。すると、メディラは何かを考え込み、そして言った。
「火の国ね。赤の国。今の紅が立って十年が経つわね。当時、十歳の少女が赤に選ばれたから、今は二十歳。目立った戦乱の情報も無いから、安定した国を築いているのだと思っていたけれど」
そこまで言うと、メディラは首を横に降った。
「でも、二年前に火の国で大きな乱れがあったわね。それは、私が見ていたのだからはっきりと覚えているわ。――でもね。アンナ。私が気になるのは、そんなことじゃないのよ」
メディラはそっとアンナの肩に手を乗せた。
「グレイス女王のこと、アンナは知っているわね」
当然のことを言われて、アンナは頷いた。
「これは、中央政府の中枢しか知らない事実。もちろん、色読でも知っているものは僅かな国家秘密。それを、私がアンナに教えるのは、あなたの将来を誰よりも信じてるから。この情報は、アンナの役に立つ」
そこまで言うと、メディラはアンナの耳に囁いた。
――グレイス女王は色神よ。無色という、すべての色に染まることが出来る色に選ばれた、正式な色神。
アンナは息を呑んだ。