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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の真実(2)

 紅が命を落として、次の紅に代わったとしても、あまり気にしない。紅は存在するだけでいい。誰が紅でも関係ない。そういう考えが、歴代の紅を危険にさらしてきたのだ。悠真は動揺を隠しきれなかった。悠真も同じ罪を持つ。そんな罪深き悠真に、佐久は言った。

「官府は今、紅に一つの要求を突きつけている。紅はその要求を拒否し、悠真君の村は壊滅に追い込まれた」

深刻な目で、三人が悠真を見ていた。それでも悠真は己の覚悟を捨てることは出来ない。多くの人の命とと、悠真の故郷よりも重要なものがあるだろうか。誰もが教わるはずだ。命よりも重い物はないと。どんな金銀財宝も命よりは軽いと。

「俺の故郷よりも、大切なものがあるのかよ。人の命よりも大切なものがあるのかよ」

悠真は言い野江が返した。

「紅だって、容易く拒否したわけじゃないのよ。要求を拒んだときから、何かをされると感づいていたわ。それを回避しようと全力を尽くしていたことは事実よ。紅は最善を模索し、悩みながら決断した。その責任を己の肩に背負う覚悟をしてね。悠真、お聞きなさい。官府はね、石の監視を止めるように申し出てきたのよ。正確に言えば、石の監視をする力のある紅の石を差し出すように申し出てきたの」

「石の監視……?」

悠真はその意味が分からず、佐久が教えてくれた。

「紅はね、一つ希少な石を持っているんだ。それは、紅が誕生して最初に生みだす石だよ。生み出した紅が命を落とさない限り決して色を失わず、どの石よりも強い力を持つ。その石は、己が生み出した全ての石を監視することが出来る。いつ、どこで、どのように、どの程度の力が使われたのかをね。紅の石は無限に使うことができるわけじゃない。紅が長命になればなるほど、紅の監視から逃れることが出来る石は少なくなる。それを快く思わないんだろうね」

佐久が置いた湯飲みが、小さく音を立てた。そのまま、佐久は続けた。

「いいかい、悠真君。監視が出来ないということを考えてごらん。誰かが、紅の石を欲望のまま他者を傷つけるために使用したとする。それが分からないんだ。紅の石は、強大な力を生み出すことが出来るでしょ。その力を個人の思うように使わせてはならない。だから紅は、己の使った石がどのように使われたのか、誰が作り出したのか監視をしている。紅の石の力を悪用されれば火の国を滅ぼしかねないから、紅は石の監視を止めることができない。つまり拒むしかできなかったんだ。石の監視が、紅の石の悪用を防ぐ唯一の抑止力なんだ。けれども、官府の要求を拒むことに対して紅も悩み、野江を派遣して警戒していたんだ。悠真君の村が狙われたのは、きっと惣爺の存在に気づいたからだよ。あの村に惣爺がいるから、狙われた。惣爺は紅が信頼する人物の一人。二年前の戦いで、紅を守って力の大半を失ったのだから」

悠真の脳裏に優雅な紅の姿が浮かんだ。煙管を持ち、紅色の着物を着た彼女が、葛藤を抱えているとは思えなかった。彼女は何も恐れるものがなく、揺るがない自信があるように思えたのだ。誰にも屈しない高貴な存在。高貴な赤色を司る色神。それが紅なのだ。

「俺にとっては、村が一番だ」

悠真が言うと、野江は着物の袖口で口元を隠した。嫌なものを避けるような仕草だった。

「そうでしょうね。人の命より重いものは無いのだから。それでも、紅の石を自由に使われてはいけないのよ。官府が勝手に他国と戦争を行わないようにするためにもね」

野江の言葉が悠真の胸に重く残ったが、悠真は「しかたなかった」「紅も苦しんでいる」「最善の選択をした」と己を納得させることは出来なかった。今の悠真は復讐心で動いており、憎む気持ちを捨ててしまったら何も出来なくなる。全てを失い、廃人となってしまう。己が己で無くなる恐怖。自分の生きる道標を失う恐怖。それらが悠真を頑なにしていた。紅を憎まなければ、己が生きる意味を失ってしまう。紅は、悠真が憎むべき相手。時に他者を憎む気持ちは、何よりも強い生きる糧になるのだから。

 妙な沈黙があった。紅に忠誠を誓う人たちの中に紅を憎む悠真がいる。それは、奇妙な状況。妙な空気を打開するように、それはそうと、と口を開いたのは都南だった。

「それはそうと、野江。俺に小猿を預けてみないか?」

都南の唐突な言葉に、悠真は息を呑んだ。都南の強い目が一直線に悠真を見て、悠真は何も出来なかった。獣に睨まれた兎のような気分だった。野江が言った。

「あら、朱軍にでも入れるおつもりかしら?物騒ね」

野江は小さくお茶をすすった。小猿「悠真」は、彼らの話題の一つでしかない。

「じゃ、術士にするか?陽緋殿」

都南が豪快にお茶を口に含んで言った。止めなよ、と静止したのは佐久だった。

「二人とも止めなよ。どうして、朱将と陽緋という立場になると仲良く出来ないんだ?二人が喧嘩するなら、悠真君は僕が連れて行くよ。悠真君はまだ石を持っていないから、術士とか朱軍に入る必要はないからね。紅もそれを望んでいるよ。厳しい野江と一緒にいるのも、粗暴な都南と一緒にいるのも疲れるだろうからね」

野江と都南の二人が佐久を睨んだ。第三者である悠真が緊張するほどの緊迫感なのに、佐久だけが平然とし、甘味をつまんでいた。

「そんなに怒ったって無駄だよ。僕に任せなよ」

佐久が湯呑みの中のお茶を回していた。佐久の眼鏡の奥の目が優しく見えた。温かいけれど、とても強い目。悠真は不思議だった。赤い羽織は、紅と命を共にする証。赤い羽織を着ているだけで、紅と同類とされて暗殺されるかもしれない。陽緋や朱将ならば、赤い羽織を着る必要も分かる。部下の信頼を集めるためにも、自身の長が紅からの厚い信頼があると思わせる必要がある。赤い羽織は重い。佐久は術士としては灯緋としての実力があるとはいえ、陽緋や朱将のような大きな役職を得ていない。なのに、どうして彼は赤い羽織を着ているのだろうか。赤い羽織を着ているのは、彼の力を示すと同時に、彼自身が紅、陽緋、朱将から大きな信頼をもたれていることが分かる。穏やかで優しい目の奥に、隠された強さがある。

「好きになさい」

根負けしたように野江が言った。

「好きにしろ」

都南が憮然として言った。佐久が笑った。まるで子供のような笑い方だった。

「ありがとうね。悠真君も良いね?」

佐久に言われて、悠真は頷いた。赤い羽織を着た三人に囲まれて、拒否することなど出来るはずもない。

「それで、佐久は今日、自邸に戻るのかしら?」

野江は佐久に尋ねた。

「いいや、官邸に残るよ。青の石がどこから運ばれたのか調べないと。それに、野江の行く手を阻んだ紅の石を使った人を特定しないといけない。悠真君は官邸に泊めるよ。武術が駄目な僕でも、官邸だったら守りきれる」

佐久が言い、都南が苦笑した。

「一人で走るな。お前は壊滅的に身体を動かすことが駄目で陽緋になれなかったんだ。一人で抱え込むな。俺も一緒に泊まろう。どうせ暇なんだ」

都南が気安く佐久の肩を叩いた。悠真は、朱将はそれほど暇なのかと感心した。一つ溜め息をついて、野江が言った。

「また、あたくしを仲間はずれにするのね。いいわ、あたくしは、あたくしの好きにするから」

野江は残っていたお茶を一気に飲み干した。高貴な雰囲気の野江とは思えない、荒々しい行動だった。


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