戦乱の宵の国と黒(5)
――黒が赤を喰う。
その発言をしたクロウをヴァネッサは苛烈な目で見据えていた。
「それで、赤を喰うとして、あなたは火の国に行くおつもりですか?」
クロウは火の国に行くことを願った。赤を喰うということは、そういうことだ。戦争をしかけるにしろ、まずは下見が必要だろう。しかし、ヴァネッサはそれに同意したりしない。
「それで、クロウが火の国に行くとして、その間に宵の国に滅びるのよ。軽率な行動はお止めください」
金色の艶やかな髪を後ろに一つで束ねたヴァネッサは、強い目でクロウを制した。すべてはクロウも思っていた。クロウという一人で統一された国は、クロウを失えば瓦解する。
「大丈夫だ。ヴァネッサ。宵の国にはシルビアとイザベラを残しておく。それで問題ないだろ」
クロウは自らが持つ黒の石を取り出した。彼がクロウとなって最初に生み出した石。その黒の石から生み出される異形の者は、一日経とうとも消えたりしない。消して死ぬことも消えることも無い異形の者は、クロウが連れる最強の護衛と戦力である。六年前、大きな戦乱の中でクロウは深手を負った。その際、クロウが最初に生み出した石は二つに割れ、当然のように異形の者も二つに分かれた。二つに分かれて、力は半減したが、二つに分かれたからこそ可能なこともあるのだ。
クロウは、自らの石を二つに割るようなリスクを二度と負うつもりはない。二つに分かれた異形の者に、シルビア、イザベラと名を与え戦場へと連れていた。シルビアとイザベラは、クロウの力であった。
「シルビア、イザベラ」
クロウが呼び、黒の石を使うと二つの異形の者が姿を見せた。大きさは二メートルほど。犬に近い身体をしている。シルビアとイザベラはクロウの前で伏せた。半分になった大きさであっても、そこらの黒の石よりも優れた力を発揮することが出来る。異形の者であるシルビアとイザベラに宵の国を任せる。それは、クロウにとって大きな賭けであった。クロウの力であるからこそ、シルビアとイザベラはクロウの意志に背かない。
「ふざけないでください。なぜ、異形の者に国を任せることが出来るのですか?そして、クロウの隣からシルビアとイザベラが離れて、誰がクロウをお守りするのですか?私は残ります。それで十分でしょう。あなたが行くと言うのなら、それは真に宵の国に必要なことなのでしょう。ならば、私はこれ以上止めません。クロウの帰りを待ち、宵の国を守りましょう」
ヴァネッサの言葉は凛と響いた。クロウの横に、シルビアとイザベラが歩み寄った。その後をヴァネッサが歩く。ヴァネッサのブーツが心地よい音を立てる。色白のヴァネッサの透き通るような肌の先に、クロウは未来を信じた。火の国を沈めてでも、クロウは宵の国を救うつもりだった。
「今回は、俺とイザベラで行く。それまで、シルビアと一緒にこの国のことは任せた」
クロウはシルビアの頭を軽く叩いた。醜い異形の者であっても、クロウにとっては愛しい娘たちだ。
――クロウ。あたしたちで火の国と紅を驚かすのよ。それに、白の奴も動き始めているの。白の好きにさせたりしない。
黒がクロウに語りかけた。シルビアとイザベラの後ろを跳ねるように歩き回っている。
クロウはイザベラだけ石に戻した。
「俺が不在であることを、決して知られないように。何かあれば、シルビアとイザベラを通じて俺に伝わる。ヴァネッサ、少し留守にするよ」
クロウは一人窓に向かった。イザベラの黒の石を天に投げると、イザベラは姿を見せた。同時に先ほどとは姿の違う鳥の姿になり、その背にクロウは乗った。
「さあ、行くとしますか。火の国へ」
クロウは夜空に飛び立った。
世界の端とも呼べる、小さな島国火の国へ向かって。
次話より、雪の国(白の国)の話になります。