戦乱の宵の国と黒(4)
クロウにとって、唯一信頼できる存在がヴァネッサであった。ヴァネッサだけであった。クロウは誰もが己の命を狙っているように感じ、自らの精神が破綻をきたそうとしていることに気づいていた。
赤い色。
クロウは赤に興味があった。紅の石の力のことをクロウは知っている。紅の石は無限の可能性を秘めた石であるのに、赤は小さな島国にとどまっているのだから。
クロウは興味本位で火の国に近づいた。大きな可能性を秘めた紅の石を有する火の国に、純粋な興味を持ったのだ。だから、自らの力を持った黒の石を、紅に反するであろう者に流れるように手配し、紅の人となりを探った。相手を知らなくては、これからの出方を決めることは出来ない。愚かな色神であれば、喰ってやろうと思っていた。戦争があれば、宵の国の内部で愚かな争いが生じることもない。宵の国の民の気質に戦乱があるのなら、敵を内部でなく外部に作ればよいのだ。クロウは宵の国のために長い年月、分裂も侵略も知らず暢気に過ごしていた赤の国を喰ってやろうと思っていたのだ。ならば、紅のことを知らなくてはならない。愚かな紅ならば喰うのも容易い。
火の国に黒が探していた無色がいると知ったのは、その後だ。手にした者は色の覇権を握るとされる無色。無色を自国に手にした紅が、どのような行動に出るのか興味があった。力で支配させるのか、泣き落としにするのか、大きすぎる火種をあっさりと手放すのか、いずれにせよ紅の人となりを知るには無色の存在は好都合であった。
クロウが見たのは、火の国の紅とその仲間たちであった。紅は強い意志で火の国をまとめようとしていた。紅を支える仲間たちは、心から紅を思い、紅に命を託していた。赤の仲間たちは、クロウが持っていないものであった。簡単に命を奪わず、生かすことで罪を明らかにする。罪が明らかになることで、次なる裏切りが生じないようにする。自らの力を証明する。ヴァネッサしか信頼できる者を持たないクロウには、することが出来ない選択肢であった。火の国の内部のもう一つの権力「官府」に負けることなく、経ち続ける紅はクロウより一枚上手のように思えたのだ。
紅は無色のことを利用することもせず、支配することもせず、そのまま受け入れた。それが赤の本質というものなのかもしれない。クロウの身近にいる黒と、火の国にいる赤は異なる存在なのだ。クロウは火の国と紅と赤に興味を持った。無色にも興味を持った。異形の者を通じて見た無色を宿す少年は、クロウに昔を思い出させた。真っ直ぐ、真っ直ぐ、真っ直ぐと走り続ける。何が答えなのか足掻き、探す。
クロウにとって宵の国は危うい存在であった。統一を果たしたものの、いつどんなきっかけで崩れるか分からない。崩れるか分からないからこそ、答えが必要であった。
「ヴァネッサ、火の国には赤の色神紅がいる。紅は強いよ。きっとね。火の国は面白い文化も持っている。石を加工するなんて、他の国では行っていない。術士のレベルも高い。俺は、火の国と紅に興味がある。ヴァネッサ、黒は赤を喰うことが出来ると思うか?」
クロウはヴァネッサの表情が強張るのを感じた。恐れているのだ。ヴァネッサは宵の国の民でありながら、暗闇と孤独を恐れる。クロウはそれを否定するつもりはなかった。ただ、誰しもが黒の本質を知らないことが哀しかった。
赤は強大な力と可能性を秘めた力である。だからこそ、火の国を突付いて何が生じるか分からない。自らが喰われる可能性もある。しかし、クロウは負けることが許されない。ただ、冷静に、知的に、先を見通して動くのだ。
――黒は赤を喰うことが出来るのか?
――無色は黒を喰うのか?
火の国は宵の国と異なる。だからこそ、クロウは興味を持っていた。