戦乱の宵の国と黒(2)
火の国の赤の色神が「紅」と総称されるように、宵の国の黒の色神は「クロウ」と呼ばれる。紅と同様、男であっても、女であっても関係ない。今のクロウは十年前、十八の頃にクロウとなった。今は二十八。戦術に優れ、クロウでありつつ最高の将軍または軍師であるのだ。
宵の国は戦乱の国だ。宵の国と一つに言っても、広大な土地は二十八の小国に分かれ、全てを総称して宵の国と呼ぶ。遥か昔は、一つの国であったらしいが、黒の石の性質がそうさせるのか、国は二十八に分裂し、互いが互いを喰らうために戦争を続けていた。二十八の小国のうちのどこかに色神クロウが選ばれる。クロウを手にした小国が、力をつけるのは石の性質上当然の道理だ。
これまで、宵の国の小国は激しい戦争を続けていた。クロウを殺したり、攫ったり、国の統一のために凌ぎを削りあっていた。そこで誕生したのが、今のクロウである。
現クロウは宵の国の小国の中で最弱の国「ラエ国」で誕生した。父は軍師であったが、クロウが生まれてすぐに戦争で死んだ。母は、ラエ国を侵略しようとした国の兵士に殺された。クロウの日常は戦乱と、死で満たされていた。
ラエ国が大きな戦争に巻き込まれたのは、クロウが十七の頃だった。当時クロウは普通の人間であり、術士としての才覚を持っていたため、死んだ父のように若いながらも軍師として軍を率いていた。ラエ国の美しい皇女を后にと願った隣国「レーグ国」の願いを拒んだための戦争だ。
それから一年後。一ヶ月で終わるとされた戦いが一年も続いたのは、一重にラエ国に優れた軍師がいたからだ。しかし、ラエ国とレーグ国の戦いは蟻と象の戦い。それも蟻の数はあまり多くない。長く続くはずが無い。ラエ国が滅亡の時を迎えようとしたとき、ラエ国はクロウを手にした。先代のクロウがなぜ死んだのか、現クロウはあまり知らない。ラエ国を守り続けた名軍師がクロウとなり、戦争の情勢は大きく変わった。十八の名軍師クロウは、黒の石を生み出し、ラエ国を救った。
同時に、小国を統一しクロウとなって十年後、宵の国を統一した。
クロウには右腕がいる。元来、剣士としても名を馳せているクロウであったが、彼が最も信頼し、クロウに匹敵する力を持った存在がいた。
クロウは膝の上に顎を乗せる黒の頭を撫でていた。
クロウは決して戦乱が好きなわけではない。生まれた頃から戦争の中で生き、父を失い、母を失ったクロウにとって、戦争は日常であるのだ。国を統一するまで、クロウは必死に生きていた。しかし、国を統一した途端、クロウは深い虚脱感を覚えたのだ。まるで、日常の中の一つが失われたような感覚であった。それほど己の中に戦いがあるのだと、クロウは自らを恥じた。
――ねえ、クロウ。本当にありがとう。宵の国を統一してくれて。あなたしか出来なかったのよ。あたしの力を有効に使える者はね。
クロウは黒を見て、愛おしさを覚えていた。出会った頃、見た目の年齢は同じほどであった。しかし、今は妹であり、いずれ娘のような存在になるのだろう。クロウは黒の本質を感じていた。強情でわがままな娘のようであるが、内実はとても傷つきやすい存在なのだ。なぜ、宵の国が戦乱の国なのか。なぜ、人々は戦うのか。黒が悩んでいたことをクロウは知っていた。宵の国が争うことに最も胸を痛めていたのか、黒であるのだ。
「分かっているよ。黒。大丈夫。大丈夫だよ」
黒に言ったとき、クロウは足音を耳にした。そして、足音を聞くと同時に思わず笑みがこぼれていた。生真面目に響くブーツの音は、大理石の床をリズム良く叩く。足音だけで、誰が近づいてきたのか、クロウには分かるのだ。幼い頃から、ずっと一緒だった存在だから。
失礼します。との声が聞こえる前に、クロウは言った。
「そのまま来るといい。ヴァネッサ」
ずっと、一緒なのに、几帳面なヴァネッサは気を許したりしない。礼儀正しく、堅物ように、誰よりも強く。それがヴァネッサなのだ。だからこそ、クロウが連れた鬼神と恐れられた将軍だ。
「失礼します」
中性的な声が響くと同時に、大きな扉が開いた。