戦いの果てに赤は笑う(3)
紅は小さく笑い、憮然として座る義藤の横にいざった。義藤の機嫌が悪いのは、紅が勝手に抜け出しているからだろう。
「それで、もう体調は良いのか?」
紅が不器用に、それでも義藤を気遣っていた。義藤は朱塗りの刀を鞘に納めると、苦笑した。
「問題ない。困るのは、紅の石が無いことぐらいだ。紅の石が無ければ、俺は朱護頭として半人前だ。せめて、都南のように優れた刀技でもあれば良いんだけどな」
義藤の紅の石は、赤い夜の戦いの時に色を失って砕けた。だから義藤は紅の石を持っていない。
「もう少し待て。柴を呼び戻しているところなんだ。どうせ、半端な石を渡したところで、お前はすぐに駄目にしてしまう。それまで、少し休んでおけ。小猿の守でもしながらな。私のことは気にするな」
紅は義藤の横に座ると、膝を持って身体を丸めた。華奢な紅の身体が猫のように丸まり、義藤の隣におさまっている。これが紅の本当の姿なのだ。
「十分休みすぎたくらいだ。都南も手合わせをしてくれない。俺は退屈さ」
義藤が空を仰いだ。悠真はそんな義藤を少し離れたところから見ていた。本物の義藤は、強いが優しい色をしている。
「少しぐらい、退屈な方が良いだろ。せめて、痩せた分くらいの体重が戻るのが、復帰の条件だ。白の石を使ったとはいえ、随分うなされただろ。聞いたぞ。四十度の高熱に四日間もうなされたってな。術の力も、運動能力も失わなかったのが不幸中の幸いだ。まだ、顔色も悪い。今は、休め」
義藤が困惑した。
「俺は、何事も無かった。そうだろ。下村登一との戦いでも、紅と一緒に異形の者を押えただろ」
義藤は誤魔化そうとしているようだった。紅はけらけらと笑った。
「気にするな。小猿なら気づいている。あの時、義藤が義藤でなかったことにな。第一、義藤の紅の石は色を失ったんだ。その義藤が紅の石を使って戦っている時点でありえないだろ。小猿には見えているんだ。色がな。義藤とあいつの色の違いくらい分かっているさ。誤魔化しは不要だ」
義藤はあからさまに困惑していた。その困惑さえも、紅は楽しんでいるようであった。
「なるほど。じゃあ、小猿はあいつの正体にも気づいたというわけだ」
義藤は抜き身の刃のような目で悠真を睨んだ。言え、と義藤が言っていた。
「忠藤。赤丸の正体は忠藤だ」
悠真が義藤に答えると、義藤は眉間に深くしわを刻んだ。まるで、蛇に睨まれた蛙のような気持ちがして、悠真は身をすくめた。紅が義藤の背を遠慮なく叩いて咎めた。
「義藤。小猿を脅すなよ。赤丸を表の舞台に引き出したのは私だ。私が決めたんだ。赤丸を責めることは出来ないし、見抜いた小猿を責めることは出来ない」
悠真には、赤丸の正体が知られるということが、何を指しているのか分からない。ただ、それが許されないことであることは理解できた。紅は悪戯めいた笑みを浮かべた。
「小猿、気安く口を割るなよ。赤丸の正体は知られてはならない。知られなければ、赤丸が義藤と入れ替わることも出来るかもしれないからな。お前、今でも入れ替わりたいと思っているのか?」
すると、口を挟んだのは義藤だった。
「俺に赤丸は務まらないさ。俺は赤丸のように強くなれない。今回だって、赤い夜の戦いの時に、俺が春市を討つことが出来なかったのが敗因だ。俺には赤丸に必要なものが大きく欠けているんだよ」
義藤は優しい。一見すると強い人に見えるが、内実はとても優しい人だ。だから、義藤は紅の刃となって人の命を奪うことが出来ない。紅を守るためだけに行動することが出来ない。それは、赤丸として大きな欠点だ。一方、赤丸が指し示す色は「優しいが強い」というもの。二人は違う。だから、同じでない。紅が強く義藤の背を叩いた。
「お前たちは違う。それは当然のことだろ。だからこそ、違うから当然のことに悩むな。確かに、今回お前は戦えなかった。春市を討つ力があったのに、お前は討たなかった。だからこそ、お前は傷つき、苦しんだ。ある意味自業自得だ。だが春市が生きているのは、お前が優しいからだ。そして、今回の下村登一の乱を解決することができたのは、お前が囮になったことだけでなく、お前が春市を殺さなかったことも大きく作用している。お前が春市を殺さなかったから、私は解決の糸口を手にすることが出来た。強がっても、全てを守りたいと願うのがお前の素晴らしさなんだよ。忘れるな。私はそれを知っているんだ。多少へたれでも、肝心なところで決めることが出来なくても、私はお前のことを信頼しているんだ。そして、赤丸も赤丸の素晴らしさがある。普段は仏のように優しいのに、あいつは秤を持っているんだ。何が最も大切なのか、自分はどのように行動するべきなのか、己にとても厳しい存在だ。私はどちらが優れているとも、どちらが劣っているとも思わない。確かに、義藤に赤丸は務まらない。だが、それで良いじゃないか?私はそれで十分なんだ。表の義藤。裏の赤丸。二人がいるから私は強くなれる。そういうことだ」
そこまで言うと、紅は目を細めて笑った。
「時々、表と裏を代わってやれ。きっと、それで十分だ。そうだろ、赤丸」
紅は空を見上げて言った。もちろん、赤丸の返答はない。しかし、悠真には見えていた。困惑する優しいが強い赤色が……。満足そうに笑った紅は、さらに続けた。
「今回、小猿とお前が攫われたと知って、真っ先に助けに向かったのが赤丸だ。赤影の一人が馬車をつけて、場所を確認していたから、赤丸が真っ先に馬車に向かった。すぐに死ぬ傷でないと分かっていたから、赤丸は大人しく下がったのさ。もし、お前が死ぬような目にあっていたら、あいつは私の制止なんて聞かず、間違いなく、お前を助け出していた。――だが、あいつは分かったんだ。お前がすぐに死ぬような傷でなく、四人の隠れ術士もお前を殺すつもりがないと知り下がったんだ。あいつは、馬車の監視を他の赤影に依頼すると、戻ってきて私に言ったんだ。お前と入れ替わる策をな。あいつは、お前を助けに行き、小猿を眠らせると入れ替わった。あいつは、沈着冷静に見えて、時に恐ろしいほど大胆さを見せる。それは、あいつが勝手に赤丸になると決めたのと同じ。あいつもお前も頑固だからな」
年齢からすると、義藤の方が紅より年上のはずだ。紅の人柄がそうなのか、立場がそうさせるのか、紅は義藤と赤丸の姉のように話していた。