戦いの果てに赤は笑う(2)
縁側で空を見上げて溜め息をつく。青い空、白い雲、朱塗りの屋根。夜は暗がり、赤い炎。黄の月、緑の草花。色は輝く。一つとして同じ色は存在しない。まるで人と同じ。悠真は紅城で紅の放つ鮮烈な色を身ながら、世界に満ちる色を感じていた。色を感じるのに、縁側は絶好の場所なのだ。佐久が官邸で仕事をしているのを感じながら、悠真は色を感じる。整えられた庭、色が満ちている紅城。色が満ちていることが、とても嬉しい。義藤がそっと悠真の横に座った。赤い羽織が美しくはためき、義藤の強さを示している。悠真は赤丸のことを義藤に尋ねようとし、尋ねる前に止めた。野暮なことはしたくなかった。義藤が朱塗りの刀を抜き、具合を確かめたとき、突如辺りの空気が変わった。鮮烈な赤が満ちたから、悠真は紅が来たのだとすぐに分かった。紅は自室に篭ることが少ない。抜け出して、紅城の中を散策して遊びまわっているんどあ。
「悠真、これから何をしたい?」
突然、現れた紅が縁側に腰掛けた悠真に声をかけた。悠真の近くにいた義藤が不機嫌そうに紅を見たが、紅は嬉しそうに笑っていた。
なぜだか分からないが、悠真は紅に会って安心した。この先、悠真は何をすれば良いのだろうか。何が出来るのだろうか。それが分からないからこそ、紅が近くにいると進む道を示されたようで安心するのだ。
紅は簡素な服を着て、赤い色を纏っていない。なのに、彼女の発する赤い色は変わらない。突然、悠真を覗き込んだ紅の顔が、赤に見えた。紅を器とし、色神としての力を与えた赤だ。赤い髪、赤い着物。高圧的な雰囲気。赤い瞳。赤い唇。赤い爪。襟を大きく広げ、着物の身に付け方も火の国の女性と異なる。魅力的で、強い。妖艶で、不敵な印象。どこか理想の紅像その一に似ている。
――わらわに染まらぬか?
赤がそう口にしたような気がした。赤い唇がゆっくりと動く。
――無色を他の色に渡したりせぬ。この火の国にいる限りな。
赤がそう言ったような気がした。驚いた悠真が目をこすると、そこには紅がいた。
「どうかしたか?」
紅は彼女らしく悠真に尋ねた。赤は紅の中にいる。赤が紅を選んだから、彼女は色神となったのだ。紅の総称を赤としないのは、いかにも赤らしい。赤は己と器である紅を区別しているのだ。
「何でもないよ」
悠真は答えた。
「悠真、惣次を殺し、故郷を滅ぼした春市たちは、私の下で働く。悠真はどうする?」
彼女は悠真に尋ねた。尋ね返したいのは悠真だった。何も答えられない悠真に紅は言った。
「私の色に染まれとは言わない。赤はそれを望んでいるが、私はそれを望んだりしない。ただ、提案したいんだ。良かったら、ここにいないか?ここにいれば、守ることが出来る。黒が来ようと、白が来ようと、ここなら守ることが出来る。義藤がいる。野江がいる。都南がいる。佐久がいる。遠爺もいる。そして、私がいる。もちろん、秋幸たちのことも忘れるな。もちろん、お前のことを守りたいからここに残れと言っているのではない。一人の辛さや寂しさを、多少なりとも理解しているつもりだ」
そこまで言って、紅は目を細め、そっと悠真に耳打ちをした。
「それにな、赤の奴がうるさいんだ。小猿を手放すな、無色を傷つけるなと」
悠真は目を見開いた。
「俺は……」
望んでいたことだ。悠真は紅を見た。ここに残りたい。赤の仲間の一員になりたい。そして、紅の傍らにいた。守ってもらいたいという打算的な思いでなく、純粋に悠真は紅の近くにいたいのだ。
「俺はここに残りたい。俺は何も出来ない。無力で、情けないけれど、俺は強くなりたい。多くのことを学びたい。石を使えるようになりたい。目の前で大切な人が死んだり傷いたりしないように。色のことを学びたい」
悠真が言うと、紅は優雅に微笑んだ。
「ありがとう」
紅は言った。