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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の真実(1)

赤の仲間たちは笑い、一人笑みを浮かべた佐久が言った。眼鏡の奥の佐久の目が優しく、そして強く輝いた。

「それで、どうして悠真君は紅城に来たんだ?殺されに来たようなものだよ。僕たちでも、必ず守りきれるとは言えない。ここは決して安全な場所と言い切れないのだから。今なら間に合うかもしれないよ。自分の身を守る術を持たないのなら、どこか、故郷と離れたところに逃げた方がいい」

悠真はどうして、そんなことを言われるのか分からなかった。悠真には帰る故郷も、家族もいないのだ。これから生活をする糧も基盤も、悠真には何もない。故郷を失った小猿が生きるには、どこかの名家に奉公に出るか、低賃金で働き続けるか、盗賊になるしかない。

「帰る場所はない。俺にどうやって生きろって言うんだ?俺は、生きる場所も、生きる道も奪われたんだ。だから俺は、復讐するまで諦めない。あの嵐が、誰かの手によって起こされたものだと知ったときに決めたんだ。じっちゃんを、惣次を殺した奴をこの手で捕まえるまで、絶対に帰らない」

悠真が言うと、都南がぱちぱちと手を叩いた。その表情からは何も読み取れない。浅黒く日焼けした肌に、白い歯が印象的だった。なのに、少しも笑っているように見えない。怒りだけが伝わってきた。獣の目に鋭さが満ちてゆく。

「立派な決意だが、とても愚かな小猿だな。お前は何も分かっていない。紅には敵が多く、その敵はとても強大な力を持ち、常に紅の命を狙っている。だから俺たちは、この命を懸けて常に紅を守る。先代の紅も殺さ時のことを、俺は忘れられない。もっと、力があればと何度悔やんだことか……。二年前の戦乱のことを、今でも夢に見る。俺は、今の紅を失いたくないんだ。紅は象徴でなく、一人の命だ。決して誰にも代わりを務めることなんてできないのだから」

それは信じ難いことだ。紅は色神だ。赤を司る色神であり、紅の石を生み出すことが出来る唯一無二の存在。誰もが紅を紅と崇め奉る。その地位は絶対的なもので、紅は神と同格だ。紅に従う者は多い。人民の大半は紅の味方だ。

「そんなはずは……」

悠真が思わず言った。すると、佐久が言った。穏やかだけれども、強い意志が込められていた。

「そんなことがあるんだよ。悠真君、色神がどのように生まれるか知っているかい?」

悠真は首を横に振った。すると佐久は一つ息を吐き続けた。

「悠真君は、惣爺が信頼した人だ。だから、僕たちも君を信じてこれを話すよ。いいかい、色神は普通の人間だ。誰にだって色神になる可能性がある。色神が命を落とすと、最期に生み出した石が、次の色神を選ぶんだ。紅だって、元は只の人間。義藤とは幼馴染だって言っていたよ。紅は十歳の頃に色神になった。今から十年前の話だ。その頃のことは、僕たちも覚えているよ。僕と都南は十八だった。野江だって、十九だ。僕らは着実に力を付け始めていた時期だからね。僕と野江と都南の三人で陽緋と朱将と朱護頭の地位を取り合っていたんだ。先代の紅は、気の優しい男性でね、僕らは彼を父のように慕っていたよ。今の紅とは対照的かな。平和を愛し、子供を愛していた。それは、先代が紅になって十三年目のこと。当時、官府と先代は、他国との関わりでもめていたんだ。官府は他国と協力して、一国を攻めようと考えていた。火の国は小さな島国でね、広大な大地は夢のような話だ。けれども、それは他国の人を殺し、火の国の人を殺す大きな戦いだ。先代の紅は反対したさ。そして、殺された。紅が反対していては、民が従わない。だから、殺したんだ。僕たちはとても無力で、守れなかった。遠爺も惣爺もだ。官府は先代の紅を殺し、次の言いなりになる紅を生み出そうとしたんだ。先代が殺された後、今の紅は誕生した。今の紅は若いが聡明で、微力ながら僕たちもいる。義藤がいる。だから、十年もの間、紅として生き延びてきたんだよ。官府に従うこともなく、官府の怒りを買うこともなく、綱渡りをするようにね」

悠真は佐久の話が信じられなかった。先代が命を落とした時のことは、悠真も微かに記憶している。誰も海に出ず、喪に伏した。その死がなぜ生じたのか、死んだ紅がどのような人だったのか誰も知らない。そして、すぐに忘れられた。村の人は紅が死ぬのは珍しくないと話していた。そんな話をすると、罰当たりだと表立ってしないが、誰もが声を潜めて話していた。紅は神だが短命だ。

――紅は生まれて、命を削って石を生み出す。死した後は、再び生まれる。

そんな噂が流れるほどだ。紅がただの人間だと誰が信じるだろうか。民にとって、紅は唯一無二の色神なのだ。汚い言葉で言えば、紅が誰であろうと関係ない。死のうと生きようと関係ない。生活を支える石を生み出してくれればそれで良いのだ。その考えは悠真にもあった。今日、紅と出会い、あの鮮烈な赤色を見るまでは、紅に興味もなかった。十年前に死んだ紅も、同じように美しい赤を持っていたのだろう。世間上では紅が火の国の頂点に立ち、官府は紅に従っているはずだ。しかし、現実は違うのだ。紅は綱渡りをするように、必死に生きているのだ。


 悠真は何も言えなかった。静かな動きで都南が赤い羽織を正した。

「俺たちがこの赤い羽織を着ているのは、紅への忠誠の証だ。この羽織は、官府と敵対する証。紅に忠誠を誓い、最優先で紅の命に従う。紅を裏切る行為があれば、親兄弟一族を差し出す覚悟。紅の槍となり、紅の盾となる。色神として誕生した紅が、信頼できる者を選別し、赤を差し出す。俺たちは今の紅から赤を授かった。遠爺も同じだ。遠爺に関しては、先代からも赤を授かっていたらしいがな。小猿の知っている惣爺は二年前の戦いで深い傷を負い隠居した。その戦いも、紅を殺そうとした何者かとの戦いだ。紅はそれだけ命を狙われている。これが、民の知らない真実。この羽織は重い。紅と命を共にするという決意の表れだからな」

都南の話を、悠真は信じることが出来なかった。紅は色神だ。民は讃えている。そんな紅が命を狙われているわけが無い。そう思ったが、悠真は自分も紅を象徴としか思っていなかった。紅が命を落として、次の紅に代わったとしても、あまり気にしない。紅は存在するだけでいい。誰が紅でも関係ない。そういう考えが、歴代の紅を危険にさらしてきたのだ。悠真は動揺を隠しきれなかった。あの、高貴で鮮烈な赤を放つ紅が、命を狙われることが信じられず、赤の仲間たちが命をかけて、強い覚悟をもってここにいることが信じられなかった。

 

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