赤と黒の攻防(11)
高飛車に迫る黒に対し、赤も反論をした。
――今の黒の選んだ者がどれほど優れた輩であろうと、わらわには関係あらぬ。わらわの選んだ色神紅も十二分にわらわの期待に応える存在じゃ。そして、紅を守る若い力も十分な力じゃ。たとえ、宵の国が攻めてこようとも、容易く火の国を奪われたりせぬ。
赤は強く言い放ったが、黒はころころと笑いぴょんぴょんと跳ねた。
――でも、それは、あなたの愛した人たちを殺す戦いでしょ。それを避けたいんじゃないの?無色のために、赤は愛する者たちを犠牲にするつもり?どんなに紅が優秀でも、どんなに紅を守る術士が優秀でも、一人の犠牲者も出さないなんて無理よ。第一、今だって追い詰められているじゃない。下村登一を殺せばいいのに、それをしないから。赤もそれで良いの?
赤は口惜しそうに扇子で口元を隠した。悠真の存在は、黒には見えていないらしい。黒は悠真の方向に目を向けるものの、悠真の姿は目に映っていない。
――どう?それでも無色を庇うの?ほんと、赤って馬鹿よね。そうやって、自分が傷つくんだから。だから無色は火の国に居ついたんじゃない?赤を利用するためにね。
黒の嫌味は赤の精神を追い詰めていく。
――赤は利用されてるのよ。赤が人間を大切に思っていることも知っていてね。このままじゃ、赤は失うのよ。あの紅も、術士たちもね。あの紅もかなり頑固よね。下村登一を殺せば良いのに。まあ、殺せば殺したで、こっちの出方もあるんだけどね。
色たちの争いでは、黒の方が優勢であった。赤は何も出来ない。
黒はさらに赤を追い詰める。
ころころと笑いながら、濡れた黒い大きな目をぱちり、ぱちりとさせながらぴょんぴょんと跳ねていた。その仕草は無垢な子供のようであるが、内実は子供とはかけ離れている。
――別に良いのよ。このままでも。でも、結局、赤の術士たちは負けるの。このままでも。優しい赤らしいじゃない。無色のために身を犠牲にする。それでも良いじゃない。でも、無色も酷いよね。赤を利用するだけ利用しているんだから。赤を利用して、火の国を滅ぼす。別にね、あたしは良いの。だって、何色にも染まらないのが無色の存在定義であり、染まった時点で無色は消えてしまうんだからね。無色が選んだ色が、覇権を握る。だからあたしは、無色を狙う。永遠に終わらない鬼ごっこのようなものよね。そんな無色を気にかけて、身を犠牲にするのも赤らしいじゃない。
黒は口から生まれた色のようで、休むことなく話し続ける。色神たちはここで争い、紅と術士たちは異形な者と争う。それでも、赤は譲らない。
――好きに言えば良い。わらわは譲らぬ。
思いのほか、赤は頑固な性格のようであった。赤の表情は少しも変わらない。高圧的な雰囲気を崩すことなく、近寄りがたいほどの鮮烈な赤色を放ち続けていた。ゆったりとした優雅な仕草は追い詰められている雰囲気を感じさせない。
譲らない赤に苛立ったのか、金切り声のような高い声で騒いだ。
――ちょっと、無色。あんた聞いているんでしょ。それで言い訳?赤を利用するだけ利用して、それで良いの?ちょっと、言い返して見なさいよ。悔しくないの?悔しいでしょ。このまま火の国を沈めるつもり?あんたの選んだ者は火の国の生まれなんでしょ。火の国を沈めて、それで良いの?答えなさいよ!
黙っていられないのは悠真の方だ。悠真が一歩前に足を踏み出そうとすると、赤が後ろに手を伸ばし、悠真の手を掴んだ。赤く塗られた爪が痛いほど悠真の腕に食い込む。赤の動きを黒は見逃さない。
――そこに隠しているのね!
黒は走り悠真の近くに駆け寄るが、悠真の姿が見えないらしい。
――赤、なんでそこまでして守るわけ?あんたに何の利益も無いじゃない!
叫ぶ黒に、静かに苦笑する赤。赤は口元を扇子で隠し、赤く塗られた瞼で流し目をし、艶やかに笑った。
――わらわは小猿のことをいたく気に入っての。無鉄砲で愚かに走り出すと思いきや、時に恐ろしいほどの冷静さを見せる。無学な田舎者でありながら、この数日で、人の心を推し量り、感情より先にあるもの見通す知力を手にした。無色が選んだのも納得じゃ。誰にも指導を受けることなく、自らの力で答えを探し出そうとしておる。それは、十六の小童に出来るものではあらぬ。見た目は小猿であろうとも、内実は成熟した大人の冷静さを持つ。わらわたちの争いを、どのような面持ちで見ておるのか、主には分からぬ。小猿は理解しておるはずじゃ。紅が下村登一を殺さぬ理由を。そして、わらわたちの争いがいかほどに愚かなものであるのかの。
黒は愛らしい外見に似合わぬ、怒りに満ちた目で赤を睨んだ。