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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の仲間(2)

 術士は五つの階級に分けられる。最も強い力を持った存在が陽緋。術士の中でも一人だけしか名乗れない。陽緋に次ぐのが灯緋。そして、大緋、中緋、小緋、下緋とつながる。大部分が下緋だ。小緋以上は、幹部地位である。まるで仏のような笑顔をしている佐久は灯緋、とても優れた存在なのだ。

「そうだったわ、悠真には義藤のことも、紹介していなかったわね。義藤は紅の護衛を担当する朱護の筆頭、朱護頭。あの若さで朱護頭なのだから、行く末が恐ろしい術士ね」

都南が笑いながら言った。

「ずいぶん義藤を買っているんだな。義藤には嫌味の一言も無いのか。数年後には、陽緋の地位を奪われるかもしれないぞ。歴代最強の陽緋と言えど、その上がいないという保障はないんだからな。義藤は努力を惜しまぬ天才。その才は紅城へ足を運んだ瞬間から明確だった。最近、体が鈍っているんじゃないか、陽緋殿?」

まるで、先ほどの仕返しをするかのように、都南は笑い、白い歯が浅黒い肌に栄える。野江は動じることなく切り返した。野江の方が一枚上手だ。

「あたくしの心配をしてくださってありがとう。でも、数年後には朱将の地位を奪われるかもしれなくてよ。今は若い義藤も、いずれ成長するわ。剣技だけでなく、知識や判断力も兼ね備えるでしょうからね。お気をつけて。術を使えない朱将都南様。紅が義藤を陽緋に任ずるか、朱将に任ずるのか、まだ分からなくてよ。あたくしの心配はご不要よ」

一番笑っているのは、佐久だった。

「底知れぬ嫌味合戦だねぇ。朱将も陽緋も短命なんだから、変な冗談はよしなよ。まあ、朱将と陽緋が別人でなければならない、という決まりはないんだから、どちらも地位を奪われるかもしれないよ。でもね、きっと紅はそんなことしない。二人がその職を続けたいと願っているうちはね」

佐久が笑いながら二人に言った。穏やかな表情をした佐久が最も腹黒い存在なのかもしれない。

 悠真は不思議に思った。野江も都南も佐久も、とても親しげにしてくれる。彼らが悠真に敵意を向けていないことは明らかだ。都南が小さな台を出し、陽緋が箱から茶道具を出し、茶を淹れてくれた。さすが陽緋ということだろう。湯を沸かすのも石の力で瞬く間だった。このように、生活場面で石の力を使用するにはからくりが必要だ。悠真はただの鉄箱にしか見えないものに紅の石を入れることで、鉄箱が竃の代わりをすることが信じられなかった。彼らは悠真のことを気にすることなく談笑していた。些細な甘味も出された。田舎者の悠真が口にしたことのないような甘味。佐久は何食わぬ顔で、都南の甘味をつまんでいた。どうやら、佐久は甘味に目がないらしく、都南と佐久は親しいようだ。まるで、都南は佐久の保護者のようだと、悠真は感じていた。

 彼ら紅の信頼する人たちは、立場のある人なのに使用人を使わない。彼らは、彼ら仲間の世界を作り出しているのだ。まるで、他人を警戒しているようであった。他人を警戒しているのに、悠真に警戒することはない。この場に最もそぐわない田舎者の小猿を、彼らは当然のように受け入れている。それは紅にも言えることだが、とても奇妙で不思議なこと。

「どうして……どうして俺に警戒しないんだ?」

耐えることが出来ず、悠真は紅から信頼を得ている彼らに尋ねた。すると、佐久が笑った。敵意のない、優しい笑いだ。

「当然だよ。悠真君は、惣爺が認めた人で、惣爺が信頼した人だからね」

悠真は不思議に思った。どうして彼らは、只の下緋である惣次のことを知っているのだろうか。彼らにとっては、惣次は足元の存在のはずだ。術士の世界で年齢が関係あるとは思えない。関係あるのは、力だけのはず。若い野江が陽緋であることが一番の証拠だ。

「惣爺が信頼した人に、悪い人はいないってか」

都南がお茶を一口、口に含んだ後に言った。

「どうして、惣次のことを……」

悠真は分からなかった。都にいる彼らが下緋の惣次を知るはずがない。野江は柔らかく微笑んだ。

「当然のことよ。惣爺は、あたくしたちの戦いの師匠。灯緋としての力を持ち、先代の、そして先々代の、そのまた前の陽緋の師匠でもあるわ。あたくしも、佐久も、もちろん義藤も、惣次に術と剣技を教わったのよ。あら、都南は剣技だけで、佐久は術だけだったわね」

野江は思ったより嫌味が多い。美しい彼女に似合わず、悠真は笑いそうになった。しかし、その内容に戸惑って野江の嫌味に触れることはできなかった。惣次が野江たちの師匠。術に優れた存在である。との内容はにわかに信じられなかった。野江は紅の石を触りながら言った。

「紅だって、惣爺を慕っていたわ。惣爺と……悠真も会ったでしょ。惣爺と双子の遠爺。あたくしたちは、惣爺から戦い方を学び、遠爺から学を学んだわ。二人は、紅城の両腕。あたくしたちは二人に守られて育ったわ。二年前に惣爺が戦いで深手を負い、術士として十分に戦うことが出来なくなるまではね。惣爺は戦えなくなったわ。だから、惣爺を守るために、別の生き方を渡したのよ。それは、数十年にわたり紅城を支え続けた、二人の夢。一足先に、引退した惣爺が新しい人生を手にした。誰も反対したりしないわ。だって、それが惣爺への、せめてもの礼なのだからね」

悠真は惣次の姿を思い浮かべた。祖父と酒を酌み交わし、高らかに笑う惣次。その惣次が彼らの師匠だということは、容易く信じることなど出来ない。野江たち彼らは赤い羽織を許された存在。悠真が容易く言葉を交わすことは許されない。そんな彼らと惣次を結びつけることが、悠真には出来なかった。しかし、彼らが、紅が、悠真に対して警戒しないのは、悠真が惣次と親しいから。そう思うと、全て納得がいく。

――術士はいいことばかりでない。

惣次の言葉が悠真の胸に響いた。惣次は優れた術士であり、紅を支える存在を多く育ててきた。その言葉は重く、悠真にのしかかった。同時に悠真は惣次がとても遠い存在のように思えた。気安く、誰よりも信頼していた惣次。その惣次が悠真に隠し事をし、遠くにいる。嫌な気分だ。そして、遠次という男と惣次は双子だから似ていて当然だ。

「惣爺が信じた。それだけで、俺たちには十分な理由なんだ。きっと、義藤もそれを分かっている。そうでなきゃ、顔を合わせた瞬間に殺されない程度に斬られているさ。紅が止めようと、関係ない。義藤は紅を守る存在。そして、あいつは、強いからな」

都南が言った。都南も野江同様、義藤を認めているのだ。

 美しく強いが嫌味の多い野江。術の使えない朱将の都南。術と知識は一流だが体を動かすことが極端に苦手な佐久。抜き身の刀のような強い存在義藤。彼ら若い実力者に知識を与えて守り育てた遠次。そして、彼らに戦い方を教えた死んだ惣次。ここには紅を守る赤の仲間たちが集まっているのだ。


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