赤と黒の攻防(4)
紅を守った影はゆっくりと口を開いた。
「なぜ、身を守るために動かないのですか?」
遠慮なく紅に文句を言う。
「お前が来ると分かっていたのさ。お前は誰よりも早く、私のところへ駆けつける。お前が来ると分かっているのに、なぜ、私が戦わなくてはならない?」
紅の遠慮ない言葉に、埃まみれの彼は苦笑した。
影に見えたのは、義藤だった。そしてもう一人は下村登一であった。義藤は登一を引きずり、登一と一緒に紅と異形の者の間に割り込んだのだ。異形の者に弾き飛ばされて、埃まみれになった義藤は赤い血で汚れた赤い羽織についた埃を手で払っていた。
義藤は少しも傷を負っているとは思えない身軽さで動いていた。
「野江の手助けをさせていただくとしましょう」
義藤は紅の石を使い、異形の者を押さえこんだ。義藤の紅の石は、襲撃された夜に色を失い、力を失ったはずだ。なぜ義藤は紅の石を持っているのか。その小さな不和に誰も気づいていないようだった。義藤は石を使いながら、締め上げた登一に話しかけた。
「石を止めろ」
低く、抑揚の無い声で義藤は登一に言った。その声は冷たく、優しい義藤とは別人のようであった。それでも登一が拒否すると、義藤は懐から小刀を取り出した。紅の石を使いながら、義藤は平然と動いているのだ。
悠真は義藤が登一を殺すと思った。今まで、悠真は義藤を人の命を奪わない人だと思っていた。けれども、ここで悠真の考えは変わった。強いが優しい義藤は、人の命を奪ったりしない。優しい義藤は、他者を傷つけ悲しませるようなことを嫌う。悠真は義藤のことをそのような人だと思っていた。しかし、今、下村登一を押さえつけている義藤は、紅のため容易く命を奪う存在に思えるのだ。深い信念が感じられる。今、悠真の目の前にいる義藤は、紅城で悠真が会った義藤と一色が異なるのだ。一色が変わることがありえないが、現に義藤の一色は変わっている。悠真は身を固めた。義藤が人を殺す場面なんて見たくなかった。
「待て」
紅が言った。その言葉に従い義藤が手を止めた。手を止めた義藤は、疑惑に満ちた目を紅へ向けていた。
「その者は私が裁きを下す。ここで処刑しても何にもならない。その者は捕らえて、罪を明らかにした上で罪を命ずる。ここで殺しては、何にもならない。明らかにしてこそ、次なる下村登一が現れないための抑止力になるんだ。紅はここまで出来る。紅の目は節穴じゃない。そう知らしめることが大切なんだ。だから、そいつを殺すな。私の目の前で、人の命を奪うな」
紅が言った。目の前には、異形の者が足掻いている。今にも、異形の者は、赤の仲間たちの押さえを潜り抜けて紅の命を奪おうとしている。
「そうやって、あなたはいつも無茶を言う。出来る限り、やってみよう」
義藤は小さく悪態をつくと、登一を投げ捨てた。義藤の仕草の一つ一つ、すべてが傷を負っている人だと思えなかった。
「冬彦、そいつを縛り上げておけ。ついでに、空挺丸へ入れておけ。逃げられるな。逃げ出すと同時に、俺が殺す」
義藤は倒れた兄や姉を見て立ち尽くしている冬彦に命じた。義藤の抜き身の刃のような目が柔らかく微笑み、同時に強さを持った。一瞬、柔らかく微笑んだ義藤は、まるで慈しみの塊のようであった。
「異形の者を消すには、術士を殺すしかないというのに。いざとなれば、俺が殺す。紅、それは変わらない」
義藤は小さく呟いた。義藤の紅の石が強く輝いた。紅の石を使うことに集中した義藤の力はこれまでの比でない。紅の石が輝き、強大な鎖を作り出し、異形の者の首に絡み、地面に引き倒した。それでも、異形の者は止まらない。
「遠爺、紅を非難させてください。下村登一を殺さずに、異形の者に勝つには、一日押さえ込むしかない」
義藤は平然と遠次に依頼した。それは、義藤と違った印象を与えた。義藤の紅の石の色が強まった。悠真の不信は募るばかりだ。義藤の石はあの夜、砕けたはずだ。一色が変わった義藤。傷が消えた義藤。失ったはずの石を持っている義藤。疑問を解決するために悠真が立てた仮説は非現実的だ。義藤が別人になったという仮説。なぜ、義藤が別人になるのか。そのようなこと、ありえない。
義藤はひらりと前へ駆け出した。義藤は最前線で戦うつもりなのだ。
「都南、二人を非難させて」
野江が春市と千夏を指した。
「離れるぞ」
都南が言い、彼は春市と千夏を一度に抱えた。思いのほか、都南は腕力が強いらしい。そんな様子を悠真は見ていた。見ることしか出来なかった。