赤と黒の攻防(1)
下村登一が作り出した牢獄は、紅と義藤によって崩された。人質は朱軍によって解放され、四人の隠れ術士も下村登一を守ったりしない。登一は一人になり、誰も彼を擁護したりしない。義藤によって腕を締め上げられ、登一は殺される存在だ。
「なぜ……」
登一が言った。
悠真の目の登一の一色が見えた。直後、登一の目の色が変わった。不安と恐怖とが入り混じり、醜く濁った色となった。
「どうして、わしじゃ駄目なのだ」
登一が言った。
「どうして、わしは昇れない」
ぶつぶつと登一は呟いた。
「どうして、誰もわしを認めない」
登一の色が登一の気持ちを表していた。
――はかり知れない不安。
登一は不安なのだ。不安だから、権力を誇示しようとする。不安だから、誰も信じない。不安だから、頂点に立ちたがる。悠真が登一に目を向けると、登一の色が見えた。直後、嫌な気配がした。黒い色が迫ってくるような気配。
「何か来る」
悠真は呟いた。不思議そうに佐久が悠真を見たが、悠真は登一から目を離すことが出来なかった。赤が呑み込まれる。赤を呑み込む色は黒。
――黒
――黒
――黒
悠真は義藤の言葉を思い出した。
――黒の石は一日だけ存在する不死の異形を生み出す。
黒い色が赤い色を呑み込む。そんな気がした直後、登一の持つ黒が凝縮した。
「黒がくる」
悠真は登一の持つ色に引き込まれそうであった。
「悠真君?」
佐久はまだ気づいていない。
「佐久、黒がくる。気をつけて。黒が憎しみともに赤を飲み込みにくる」
登一の持つ黒い色は凝縮を続けた。
凝縮した黒い光は形を変え、歪んだ。歪み、変形し、膨張した。膨張し、形を形成した。
――異形の者
凝縮した黒が形を持った。そこにあるのは、生き物でない。あまりに醜悪で、吐き気がするほどの異臭がした。足は八本。黒以外の色は無い。開けた口からは液体がこぼれていた。
「悠真君」
佐久が悠真に言った。
「いいかい、全力で逃げるんだ。ここは僕らに任せて」
囁くように、異形の者を刺激しないように、佐久は言った。高らかに笑う登一と異形の者。異形の者が声を上げると、異臭を放つ液体が口から零れ、地に落ちた。地に落ちた液体は音を立てながら玉砂利を溶かした。
登一が石の力を使ったことは明らかだった。野江が刀を抜いた。
「まさか、こんなところに隠れ術士がいたなんて。富と権力で選別をかいくぐったのね。道理で尋常じゃないほどの石を隠し持っているわけね。自分で使えないのなら、石なんて必要ないですもの。石の力を止めなさい。これ以上、罪を重ねてはいけないわ」
野江が命じた。それでも登一は止まらない。異形の者は足を進めた。野江と都南が刀に手をかけ、警戒を強めた。千夏も、春市も警戒している。佐久も同様だ。秋幸を隠しながら、異形の者を警戒していた。
春市は地に倒れながら、半身を起こし紅の石を構えていた。それは千夏も同じ。異形の者がそこにいる。
異形の者を悠真は初めて見た。赤の仲間たちは見たことがあるかもしれないが、隠れ術士たちは初めて見たのだろう。表情が引きつっていた。
醜い異形の者は、下村登一に従うようであった。登一の腕を締め上げる義藤が小刀を抜いて登一に突きつけた。
「異形の者を止めるんだ」
義藤が言った。しかし、登一はげらげらと笑った。
「殺せ!殺してしまえ!」
登一が叫ぶと、異形の者が吠えた。吠えた異形の者は、その爪を登一を押さえつける義藤に向けた。
黒い色が輝く。
「義藤!」
悠真は義藤が貫かれて殺されると思った。爪は義藤を狙い、黒い色が不気味に輝いたのだ。爪は義藤を寸分違わず狙った。それは、赤の仲間たちが助けに向かうよりも早い時間だ。
――赤。
赤が黒を打ち消した。
紅の石を使った義藤。義藤を狙った異形の者。二つの力が衝突し、義藤は後方へ弾き飛ばされた。
義藤は紅の石を持っていないはずだった。悠真が暴走させた義藤の紅の石は色を失い砕け、紅が与えた代わりの紅の石も色を失い砕けた。しかし、義藤は紅の石を使い、異形の者の黒を打ち消したのだ。
(ぎゅるるる)
異形の者は声を上げた。赤に跳ね返されても、死なない。異形の者は一日だけ存在する不死のものだから。黒と赤のせめぎあいがはじまった。