赤と義藤(2)
紅は本気で義藤を見殺しにするつもりなのだ。紅に仕え、紅を守ろうとしていた義藤を見殺ししにするのだ。悠真は覚えている。義藤が紅に対して信頼を語っていたことを。それだけ紅を思う義藤を、見殺しにすることに、悠真はとても腹が立った。
「止めろよ」
悠真は立ち上がり言った。怒りで肩が震えた。義藤は悠真を庇って深手を負った。けれども、それ以前に紅を守るために戦ったのだ。それでも紅は言葉を止めなかった。紅の言葉はとても攻撃的だった。
「小猿は黙っておれ。これは、わらわたちの問題じゃ。のう、そうじゃろ。わらわが紅となった時、生涯わらわに仕えると申したのは誰じゃ?神の子としてではなく、赤の力を受け継ぐ者として、わらわを守ると申したのは誰じゃ?ここで死すことが、わらわを守ることなのか?わらわが死ぬまで、隣にいると申したのは誰じゃ?己は親のようにならぬと申したのは誰じゃ?わらわを悲しませぬと、わらわとともに生き続けると、そう申したのは誰じゃ?」
紅は一呼吸置いて言った。
「辺りを知れ。深い絆で結ばれた兄弟、信頼した仲間。いつまで、一人孤独に生きるのじゃ?なぜ、己に孤独を課すのじゃ?窓を開け。閉じこもった部屋から出るには、己の足で踏み出すしかない。明るいところへ来い。わらわは、お主が出てくるのを待ち続けるぞ」
紅は微笑んだ。
「わらわは、誰か一人が犠牲になれば良いとは思わぬ。そちの生きる影の世界に、わらわの色を届かせてはもらえぬか?」
言った直後、紅の高圧的な雰囲気が消えた。それは、普段の紅であった。
「聞いているんだろ。私はお前を死なせたくない。そして、仲間も死なせたくない。お前が動かなくては、下村登一を捕らえることが出来ないんだ。大丈夫だ。小言なら、私が聞いてやる。罪だと言うのなら、私が負ってやる。私はただ、生きて欲しいだけなんだ。皆に、生きて欲しい。そのためにはお前が動かなくてはならないんだ」
紅が言った時、義藤の目が開いた。そして、登一の手首を掴んだのだ。
「義藤?」
悠真だけでなく野江も都南も佐久も同時に言った。それは、傷ついた義藤が目を開き、登一の手を掴んだからだ。まるで紅の言葉に呼応するように、意識を失っていた義藤が動いたのだ。
「あなたは無茶をしすぎる」
義藤は紅に言った。紅が苦笑した。
「お前なら、必ず動くと信じていた。さあ、思い切り暴れろ」
紅が義藤に言い、義藤は目を細めた。
「思い切り暴れさせてもらいます」
義藤の声だ。義藤の顔だ。義藤の微笑だ。義藤は無事だったのだ。
「義藤、どうして……」
野江が戸惑っていた。それは、佐久も都南も同じだった。
「悠真君、一体何が起こったんだ?」
佐久が悠真に尋ねたが、悠真にも何が生じたのか分からない。義藤は悠真の目の前で斬られ、そして倒れていた。それは、容易く動けるほどの傷ではない。白の石を使う時間は無かったはずだ。ならば、なぜ義藤はそこに立ち、下村登一の腕を掴んでいるというのだろうか。
義藤は下村登一の腕を締め上げ、登一の表情が歪んだ。
「俺は紅を守る存在だ。簡単に倒れたりしない。俺は知っている。下村登一が、どのようにして使用人を支配していたのか、どれほど残虐な行為をしていたのか、俺は知っている。だから、許したりしない」
抜き身の刃のように美しく強い義藤を悠真は見つめた。赤が救いたいと叫び、赤がすがった義藤がそこにいた。