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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の仲間(1)

 悠真は野江と共に紅の部屋から退室した。義藤は退室するのも気に留めず、さらに片づけを続けていた。どうやら、義藤は生真面目な性格らしい。悠真と共に退室した野江は悠真を連れて歩いた。泥だらけの悠真は、野江の命令で風呂に押し込められた。田舎物の悠真が初めて見る大きな風呂場だった。初めて使う大きな石鹸と麻布で体を洗い、湯船を使うと体が温まり、心がほぐれた。湯に入っていると、先ほど会った紅の姿が悠真の脳裏に浮かんだ。理想の姿その一と呼んだ、第一印象。赤色が誰よりも似合う存在。強く何者も恐れないような第二印象。赤色が鮮烈に蘇り、心を赤色に染めていく。

「赤、赤、赤……」

悠真がつぶやくと、風呂の中で大きく反響した。

――のう、我が器は美しかろ。

同時に赤の声が響いた。突如、湯煙が赤く染まり、湯の上に赤が座っていた。赤い着物に赤い髪。赤い瞳が悠真をしかと見つめる。

「あんた、いったい何者なんだよ」

悠真は赤に言った。赤はにいっと笑い、赤い扇子を開き口元を隠すと、けらけらと声を出して笑った。

――まさか、小猿が義藤を上回るとはの。紅も想像しておらなんだったじゃろ。紅の慌てる様子と言ったら……

赤は嬉しそうに笑っていた。

――赤。それが我が名じゃ。我が器の紅は美しかろ。我が色に染まれ。

言った赤の目は鋭く悠真を見据えた。

――赤が小猿を守ろうぞ。我が紅も小猿を守ろうぞ。我が色に染まれ。さすれば、赤が小猿を守ろうぞ。されど、小猿が赤を選ばぬのなら、我は小猿を守らぬ。何ゆえ、我が利益にならぬ小猿を守るのじゃ。ゆめゆめ忘れるでないぞ。我が色の力を欲するのなら、我が色に染まれ。

赤は鋭く言い放つと、ゆっくりと向きを変えた。

――機会があれば、また会おうぞ。

赤が言うと、赤い世界が消えた。そこには、白い湯煙があるだけだ。


 赤との対話からのぼせはじめた悠真は湯から出ると、用意された着物を纏った。汚れ一つ無い仕立てられたばかりの着物を、着て出ると、そこには紅城の使用人の女性が待っていた。仕立てられた着物は染み一つなく、田舎者の悠真は新しい着物を初めて着た。

「陽緋様がお待ちです」

待っていた使用人が悠真に言った。誰も野江を名前で呼ばない。つまり、悠真はとても失礼なことをしているということだ。それと同時に、陽緋などのように感じているのか不安になった。誰も本当の野江を見ていない。もし、悠真が野江の立場からきっと辛く孤独に感じるだろう。使用人に連れられて歩く廊下は、野江と歩いた廊下と違って見えた。陽緋野江も赤を持っている人物だから、野江が一緒でない廊下は紅城の中の色を殺風景にしてしまうのだ。紅城は人の気配に乏しく、悠真は誰にもすれ違うことなく紅城の一室に案内された。


 部屋の片隅で野江が座っていた。背筋を正し、正座をする野江はとても赤が似合った。物の少ない部屋には、小さな書卓と積み重ねられた書物が置かれていた。

「見違えたわね」

使用人は、悠真が部屋に入ると何も言わずに下がった。

「お座りなさい」

野江が言い、悠真は戸に近い隅に座った。戸に寄りかかっていると、すぐに出口がある安心感があった。悠真の考えに気づいたのか、野江は笑った。

「紅に会ってどうだったかしら?」

野江の言葉に引き出されるように、悠真は脳裏に強烈に焼きついた、高貴で高圧的な紅の姿を思い出した。

「印象と違ったでしょう?紅は賢い子よ。生き残るための術を知っている。だから、理想の紅像その一、その二と作り出し、いくつもの紅を演じられるのよ。それに、義藤のことを嫌いにならないでちょうだいな。義藤は、若いけれど有能な子よ。天性の才能に加えて努力を惜しまない性分なの」

野江の言葉の一つ一つが、悠真の中で大きな波紋を作り出していた。紅を思う野江の気持ち、そして野江が義藤を信頼していること。彼らは、強い絆で結ばれている。

 悠真が野江に返事をしようとしたときだ。悠真が寄りかかっていた戸が突然開いたのだ。

「野江!」

入ってきたのは、二人の男。野江の名を呼んだ一人が悠真の存在に気づかず、悠真に引っかかって派手に転び、悠真は上に圧し掛かる重みで身動き一つ取れなかった。悠真の上に倒れた人物も起き上がろうと必死にもがいているようだったが、それが上手くいっていない。どうして、人の上から起き上がるだけで、苦労するのだろうかと不思議に思うほどだ。

「どけ、どけ。どけよ」

悠真はもがく男の下で、必死に言ったが、重みで思うように声にならなかった。失礼かもしれないが、悠真と彼らの面識はなく、遠慮をする必要もない。赤い羽織が視界の端でひらめき、彼らも悠真が容易く言葉を交わすことが出来ない存在なのだと教えられた。

「野江、これが義藤を吹っ飛ばした小猿だな」

二人のうちの一人、転ばなかった方が悠真の上に圧し掛かった男に手を貸しながら言った。入ってきた二人とも、赤い羽織を纏っていた。彼らも、紅に信頼される存在なのだ。野江を名で呼んでいることから、彼らの立場が分かる。

「佐久は相変わらずだこと」

野江は転んだ男を見て笑っていた。悠真は笑う野江を初めて見たような気がした。

「話を誤魔化すなよ。俺たちを差し置いて、楽しい話を進めているみたいじゃないか」

手を貸した男が言った。手を貸した男は長身で浅黒い肌が印象的だった。その強い目に見られて、悠真は思わず目をそらした。まるで、強い獣を目の前にしたような気分だ。目を引いたのは、帯刀した朱塗りの刀。野江や義藤がもっている朱塗りの刀より大きく、力強かった。

「それよりも、悠真を起こしてあげてちょうだいな」

野江が言い、男は悠真にも手を貸した。男の手は、漁師の手のように厚く大きく、力強かった。

「紹介するわ。彼が都南。紅の持つ軍である朱軍の将軍。朱将の都南よ。剣技や馬術、あらゆる武術、そして策略に優れているわ。術士の才覚を持たず、朱将になったのは都南以外に存在しないわ」

どうも、と手を貸した方の男が言った。そして彼は野江を睨んだ。

「野江、その紹介は術を使えない俺に対する嫌味か?」

長身で日に焼けた肌が快活そうな男だ。この紅城に、術を使えない人がいることに悠真は安堵した。紅城は赤い空気で満ちている。使用人も紅の石を首から下げている。悠真は今まで、一人だけ術士でないことに不安を覚えていた。だから、都南が術士でないことに安堵し、同時に術士の才覚を持たない彼がどのようにして朱軍に入り、朱将にまで上り詰めたのか不思議に思った。濃紺の着物に、赤い羽織が美しい。野江と同じくらいの年齢だろう。落ち着いた大人の印象だった。都南の目は獣のように鋭いが、今は穏やかな表情を浮かべていた。

「僕も忘れないでおくれよ」

言ったのは、派手に転んだ男だ。小柄で希少な眼鏡をかけている。優しそうな印象。薄青の着物に、やはり赤い羽織が栄えている。都南と親しげで、同年齢ほどだろう。

「あちらは佐久。主に研究や分析を担当しているわ。術士としても、灯緋の力を持ち、あたくしに次ぐ術士。他色の石を紅の石と同じくらいの威力で使用できる数少ない存在よ。他国の情勢や歴史に詳しく、歩く書物のような存在ね。唯一の欠点は、壊滅的なほど運動能力が低いこと」

どうも、と佐久は眼鏡を直しながら言った。

「野江、僕に嫌味は効かないよ。全てを受け入れているからね」

柔和な顔つきをした彼は、楽しそうに笑った。他人を怒鳴ったり、憎んだりすることに縁遠い存在のようだ。紅は仲間を持っている。悠真が出会ったのは、きっと一部だろうが、赤が似合う人たちばかりだった。




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