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第一話 変身☆美少女清掃員⑤

「清掃――完了」


 僕の唇が勝手にその言葉を、告げた。

 張り詰めていた分、へなへな、と一気に力が抜けていく。今更に震えが戻ってきて、その場に腰をおろした。おろしたというか、腰が抜けた。

 同時に柄を強く握り締めていたモップが消え、オレンジの作業着はセーラー服へと戻っていく。

 黒色に戻った髪の毛がさらり、と肩に落ちてきた。


「完璧だよ、大宮さん」


 身体を引きずって、トワが歩み寄ってきた。

 その手を差し伸べられる。

 血まみれの右手。この子はなんでいつも血塗れなんだ、と僕は涙目で見上げた。


「思った通り、ボクの代わりに戦ってくれたね」


「だって仕方がないじゃないですか……あの場合、放っておくわけにもいかないです」


「言ったでしょう? 優しすぎるんだよ、キミは。普通だったら逃げてると思う」


「僕だって逃げたかったです……」


「入れ替わったのがキミで、本当によかった」


 トワに、無邪気な笑顔を向けられてしまった。今までで一番の、純粋な笑顔だった。

 本当に嬉しそうにそんな風に言われると、頬が熱くなってしまう。

 僕なんかでも、少しは人を助けることができたのかな。

 僕はトワに差し伸べられた手を取り、立ち上がった。

 二人で大通りへと戻っていく。

 大通りに出ると、人々の姿は全く変化なく日常世界に溶け込んでいた。

 通りを歩く人はセーラー服の美少女と、腕が血塗れで薄汚れた男の子に少しだけ奇異の眼を向けつつも、関わり合いたくないと言わんばかりに目を背けた。早足で去って行く。

 車道には車が幾台も走り、目の前を通り過ぎていく。空は冷たい空気で澄み渡った、快晴の薄い青色。

 長閑な冬の休日だ。


「あんなことがあったのに……」


 認めて欲しいわけじゃないけど、何か釈然とせずに僕は息を吐いた。


「ボクらが戦っているのは、暗部が形になったもの。そういう部分は誰しも目を背けるでしょう? だからボクたちの清掃は、人々の目に留まらない」


 トワの言葉を受け、僕はその横顔を見遣る。


「きら、……トワはなんでそんな戦いを?」


「まあ家業みたいなもの。行こうか、大宮さん」


 トワは軽く言って、歩き出した。その背中を慌てて追いかける。

 トワの指先からぱたり、と血の雫が地面に落ちた。

 あまりにも平然としているので忘れかけていたが、トワは獣に怪我を負わされている。長袖シャツの袖周辺はぐしゃぐしゃに破れ、まだ止まっていない血液がシャツの色を赤黒く染めている。


「ひどい怪我だ! すぐに病院に行った方がいいです!」


「うん、行くよ」


「え?」


 振り返ったトワは笑みを浮かべて、


「ボクの家、病院だから」


 さらりと言ってのけた。


「なるほど」


 どうやら行き先の変更はないらしい。



 歩く道中、トワが簡単に大宮煌の裏家業だという清掃業のことを説明してくれた。

 この街は大昔から、異形の怪物が産まれてしまう土地らしい。地球規模の磁場が関係しているだの、負の感情の吹き溜まりだのどうたらこうたら。難しい話は僕には理解できなかった。非現実すぎて、脳内が拒否反応を示したのかもしれない。

 そして今日僕が実際目にした異形の怪物。その怪物たちを総じて、リフューズと呼んでいるそうだ。

 異形(リフューズ)に対抗するべく生み出されたのが『清掃員』。歴史は平安時代にまで遡るとか。大宮家の先祖も、清掃員として戦ってきたらしい。形を変え、人が変わり、ずっとそうやって清掃員は異形と戦ってきた……のだそうだ。

 リフューズが現われた時には、生誕の咆哮をあげる。産まれ落とされたリフューズは赤ん坊と同様だ。しばらくはその場で産声をあげている状態で、動かない。その声を清掃員は聞き取って、変身。動き出す前のリフューズを清掃。それが清掃業の大まかな流れとなっている。

 清掃員が生み出す武器じゃなければ、リフューズをキレイに片付けることはできない、とも聞いた。


「……理解できた?」


 隣を歩くトワが聞いてくる。

 僕は眉間の皺が寄ってしまっている状態で、うーん、と唸っていた。


「頭の中がパニックです」


「まぁ、簡単に言えば敵と変身して戦う美少女清掃員。それが大宮煌ってこと。それだけを把握できてれば問題ないよ」


「……一つだけ気になることが。さっきも聞いたんですけど、あいつらが人目につくところに出てきたらどうなるんですか?」


 僕が聞くと、トワの表情は厳しいものへと変わった。


「食べる」


「食べ、るって……何を?」


 トワは深く息を吐き出した。憂いに満ちた表情で、僕の方を見つめてくる。


「さっきみたいなイヌの形のリフューズなら、現実世界にいる犬を見つけて、食べるんだ。ばくん、と一口で。そして、成り代わる」


「……まじですか」


「キミは気付いていないだけで、そうやって成り代わってしまったものが幾つもある。そして異形に成り代わられると、負の感情のみを持つモノになってしまうんだ」


「狂犬病になったみたいな感じですか?」


「まあ犬だけならそれだけですむだろうけどね」


 そう言うからには、リフューズは犬の形だけではないんだろう。

 僕は自然と身震いを起こしていた。また戦わなければいけないのだろうか。

 青ざめてしまっているのを、悟られてしまったらしい。トワが肩をすくめた。


「そんなに頻繁に現われるわけじゃないから安心して。今回は昨日の今日だったけど、大体一週間や一ヶ月に一回程度だよ。目的があるわけでもなく、そうやって唐突に産まれ落とされるゴミ屑みたいなものを片付ける雑用だから、清掃員なんて言うんだろうね」


「そ、そうなんですか」


 次にリフューズが現われる前に、なんとかして元の姿に戻ろう。

 僕は決意をしっかりと固めた。


「しかもボクの受け持つ区画は比較的雑魚が多いし、慣れれば清掃も簡単だよ」


「受け持つ区画?」


「ついたよ、ここ」


 トワが立ち止まり、告げた。話は中断となる。

 僕もトワの視線を追って、その建物に目を留めた。

 平屋造りの、個人経営の病院みたいだ。裏に一戸建ての家屋がくっついて建っていた。裏側が住居スペースなんだろう。

 入り口に大宮医院、という看板が掲げられていた。通りかかった時に、何度も目にしたことがある。この病院のお世話になったことはないけれど。

 大宮煌の家だったとは。しかも想像以上にご近所さんだったことに驚きを覚える。

 その小さな病院の敷地内へと、トワが踏み込んでいく。


「あの、トワ、家族の人になんて言えば……」


 やはりここは大宮煌を演じなくてはいけないんだろうか。僕は途端に怖気づき、もじもじと身体の前で指を絡ませた。


「そういえばボクもキミのご両親と会ってないんだけど、どういう事情で?」


 逆にトワに聞き返されてしまった。


「僕の父親は一年前から海外勤務なんです。それに母親がついていってて」


「ああ、ご健在なんだね。それはよかった。で、今はあの素敵なお姉さまと二人暮らしなわけだ」


「素敵かどうかは……美人は美人だと思いますけど……」


「キミの家の事情は把握したよ。これから内倉永久として生きていかなきゃいけないんだし、色々聞いておかないとね」


 笑顔を向けてくるトワに、僕は憮然としてしまう。


「僕は元に戻るのを諦めてないです。絶対に、元に戻る方法はあるはず」


「まあまあ。ちなみに、ボクの家族だけど、両親共にいないんだ」


「――え?」


 簡単に言ってのけたトワに、僕は驚きの目を向けていた。トワは笑顔のままだった。


「おばあちゃんと二人暮らしだから、そんなに気張らなくても大丈夫だよ。それに――」


 トワはコートのポケットから、さっと携帯電話を取り出した。


「全部話してあるし」


「な、なんですと!?」


 トワが取り出した携帯電話は、僕のものじゃない。

 ゴールドに光る携帯電話には、可愛らしく小さな星が連なったストラップがぶら下がっている。


「それってもしかして」


「うん。ボクの。昨夜入れ替わってすぐに預かっておいたんだ。仮にもボク、女の子だし。無断外泊はまずいでしょう?」


「で、男の声で連絡した、んですか?」


「うん」


 当たり前のように頷くトワに、僕は言葉を失う。

 突然知らない男から「大宮煌は内倉永久の家に泊まっていく」との言葉を電話口で受けた家族は……想像するだけでぞっとした。

 もしかして内倉永久の身体、今度こそ殺されるのではないだろうか。

 僕は脱力しつつ、更に重くなった身体を引きずるようにして、大宮医院の中へと踏み込んだ。今更後戻りもできない。

 日曜日は休診日だ。受付カウンターにも、待合室のも人気はない。

 トワは慣れた様子で院内を歩いて行く。

 僕とトワは病院に入ってすぐの短い廊下の先、診察室の前へとたどりついた。

 トワが怪我をしていない方の左手で診察室のノブをまわす。


「こんにちは」


 挨拶をしつつ、中へと入って行く。僕も恐る恐る、続いた。

 中にいたのは――煌の言うとおり、おばあさんだった。

 六十を越えているだろう、皺に覆われた顔と、小さく華奢にやせ細った身体。銀色の長い髪を軽く後ろで縛っている。

 白衣と聴診器を身につけているので、大宮医院の医者は煌の祖母なんだろうと悟った。


「やあ煌。えーと、あんたが煌ってことで、いいんだね?」


 あばあさんは、トワの方をじっと見つめて、呆れたように肩をすくめて言った。


「そうだよ、おばあちゃん」


「え? え?」


 見つめ合うトワとおばあさんの間に立ち、僕は二人を交互に見遣る。


「初めまして、内倉永久君。大宮煌の祖母で沙良と言います。沙良さんとでも呼んでおくれ」


 おばあさん、沙良さんは立ち上がり、僕に向きなおって頭を下げてきた。


「え? もしかして全部話したって、その、全部?」


「そうだよ。入れ替わったことも、全部話した」


 トワの言葉に、僕はその場にへたり込みかけた。

 なんてことだ。ま、まあ事情を知っている人間がいる方がやりやすいんだろうけど。

 しかも殺されずに済むのは助かった。なんとか気を持ち直し、沙良さんへと向き直る。


「ほら座りな煌。手当てしてやるから」


 トワは沙良さんの言葉を受け、向かい合った椅子に腰かけた。

 沙良さんは老人とは思えない手さばきで、テキパキとトワの腕に治療を施していく。僕は感心しながらそれを見守っていた。


「煌は本当に何しでかすかわかったもんじゃないねぇ。悪かったね、永久君。巻き込んでしまって……大変だっただろ?」


 目線は作業に専念しつつも、沙良さんが僕に向けてか、優しく声をかけてきた。


「あ、は、はい」


 僕は胸が熱くなってしまった。

 第三者に同情的な言葉を言われ、今の僕がすごく辛い立場なのだと知ってもらって……肩の力が抜けた。

 熱くなった目頭をゴシゴシと拭う。

 昨夜から大変だったんだ、本当に。

 血まみれの大宮煌にキスされて。死んだと思ったら女の子になっちゃって。姉は壊れてるし。トイレにもまともに行けなくて。変な怪物は出てくるわ、変身はさせられるわ、戦わされるわ。


「おばあちゃんにだけは言われたくないな。ボク以上に何しでかすか分かったもんじゃない」


 トワが不満気に言い放った。水を差され、僕は顔を上げる。


「ちなみにその胸の手帳の中身を書いたのは、おばあちゃんだよ」


「――! あ、あなたも同類ですかぁあ!」


 僕は思わず叫びが喉から出て、身体が後ずさる。

 沙良さんは皺を更に深め、笑んでくる。


「これから頑張って一緒に戦っていこうな、永久君」


「うわああああ!」


 僕は堪らずに絶叫。逃げ出そうと診察室のノブを掴み、その手にトワの手が覆いかぶさってきた。何その動きの速さ。


「もうキミは運命からは逃れられない」


「嫌だああああぁあ!」


 僕は抗えない運命に、ただ絶叫するしかなかった。



 トワは包帯を巻いてもらって一通りの治療を終えると、あっさりと帰り支度を始めた。


「じゃあボクは自分の家に帰るから」


「いや、君の家はここだと思うんですけど! おいていかないでください!」


「うーん? じゃあここで一緒に暮らす? おねえちゃん、なんて言うかなぁ」


「帰りなさい!」


 というわけでトワは診察室の入り口へと歩いて行き。

 途中で思い立ったように、振り返ってきた。


「もしかしてまたリフューズが現われたら、ボクも駆けつけるから。携帯で連絡してくれてもいいし」


 僕はぽいっと放り投げられた大宮煌の携帯電話をキャッチした。


「逃げないでね?」


「……わ、わかってます!」


 思いっきり心を見透かされていたらしい。僕は顔を赤くしつつやけくそで頷く。


「じゃあ明日、学校でね」


 学校、ですと……?

 ばたん、と扉が閉じられた。

 去って行ったトワが閉めた扉を見つめ、僕は呆然と立ち尽くしてしまった。

 まだ問題はたくさん残っていると思い知る。これからが、本当の試練かもしれない。

 ぽん、と肩を叩かれて振り返ると、沙良さんが立っていた。


「くさいな」


「な、失礼な!」


「清掃業してきたんだろ? 清掃業の後は汚れを洗い清めないと」


「た、確かに昨日から入ってないですけど! ふ、風呂は勘弁してくださあああぁ!」


 心の準備がまだ、いや、そりゃいつかは入らなきゃいけないんだけど!

 僕は半泣き状態で、抵抗のかいなく襟首をずるずると沙良さんに引かれ。


 ――お決まりになった白い布を目に巻かれて、沙良さんに洗ってもらうという苦行を成し遂げた。


 僕はお風呂に入れてもらったほかほかさっぱりの気だるさで、大宮煌の自室へと入った。


「つ、疲れた……」


 ついでに沙良さんは着替えもしてくれた。僕は完全に視界シャットダウンだったけど、風呂も着替えも慣れるまでは恥ずかしすぎる。

 けど、私服姿になって気持ちは軽くなった。煌のベッドへと転がる。……いい匂いがした。

 やっぱり大宮煌は可愛いし、鏡を見る度に鼓動が高鳴ってしまう。そんな大宮煌の身体に、僕はなってしまっているんだ。

 うっとり、と顔が緩んでしまっていた。


「――っ違う違う! しっかりしろ! 惑わされるな、大宮煌は悪魔だ!」


 僕は頭を何度も振って、正気を取り戻す。

 僕の手にはセーラー服の胸ポケットから取り出した手帳がある。何気なく、パラパラと手帳を開いてみた。


『武器の出し方。』


「あ」


 そういえば、トワが言っていた。手帳に書いてある、と。

 そしてそれを書いたのは沙良さんだということも知れた。何者だ、あのおばあさんは。


『なんでもいいから手に持ってください。そして必要なのは敵に対して、負けないという強い気持ち。それに加えて愛と勇気があれば、あなたの手にあるものは美少女清掃員の武器にななります。愛と勇気だけが○○さ! ←規制』


「勇気と……愛?」


 僕は首を傾げつつ、疲れでものごとをうまく考えられない。

 ――はたして。あの場に愛は、あったのだろうか。






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