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第一話 変身☆美少女清掃員④

 細道の先に居る黒い獣は、今にも僕らに襲い掛からんと唸り声を上げている。

 影に溶け込みそうな、黒く長い体毛。不気味にざわざわと揺れ、明瞭としない形。

 はっきりとわかるのは僕らを見つめる紅い眼と、大型犬の二倍はありそうな巨躯。見られているだけで背筋が凍る。

 そして僕の背中には、通りを歩く人が何あの子道端で恥ずかしいこと叫んでるの的な目が向けられているに違いない。振り返らずとも、わかる。

 泣きたい。実際すでに半泣きだ。


「こんな街中で騒ぎを起こしたら警察とかに通報されるんじゃ?」


 いっそ警察がこの獣を片付けてくれ。淡い希望を胸に、トワを振り返る。

 トワはあっさりと首を振った。


「一般人には見えないんだってば。奴らは人目につかないところから現われる。この道から一歩でも出しちゃいけない」


「出したらどうなるんですか?」


「ちゃんと前を見て!」


 トワが厳しく言い放ってきた。

 僕は慌てて前に向き直る。

 獣が目前に迫って来ていた。

 四本の足が地を蹴り、猛然と突っ込んできている!


「わぁあばかー!」


 僕の中では変身したら滅茶苦茶強くなって、あっさり勝利を収めるという予定だったのに。特に力が湧き上がってくるとか勝手に身体が動いてくれるとかそんな都合のいい展開にはならなかった。

 恐怖に身が竦んで、ただ立ち尽くすことしかできない。


「避けて!」


 トワの言葉に、僕は獣の突進をかろうじて亀のように屈んで避けた。

 トワが叫ばなかったら、動くことすらできずにいた。僕を飛び越えてしまった獣は足を止め、すぐさま凄まじい速さで振り返ってくる。

 完全に僕を標的にしている赤い眼。今度こそ食いつかんとしているのか、牙を剥いて吠え、跳び上がった。


「どうしようどうしよう!」


 僕はパニックで喚くことしかできない。

 変身したのに! 恥ずかしいこと叫んだのに! いきなり殺されそうだ!


「キラキラビームって叫んで! 両目に指をピースの形であてて!」


 トワの言葉に、一瞬固まりかけた。

 これ以上恥ずかしい言葉を叫べ、と言うのか?

 眼前に迫る黒い何か。鋭い牙、飛び散る唾液。


「ああもう! 知るかぁぁ! キラキラビームぅぅ!」


 ――自分の目からビーム出た。なんとありえない光景。


「ぐぉぅあっ」


 獣がえび反り、壁へと自身の四肢を叩きつけた。

 凄まじい光線に目が眩んだらしく、眼のあたりを掻きむしって呻き悶えている。

 僕は乱れた呼気のまま、トワの方を必死の形相で仰ぐ。トワは緊迫した表情のまま、駆け寄ってきた。


「目からビーム出たんですけど! 目からビームが!」


 僕は立ち上がり、興奮したまま叫ぶ。涙声になってた。


「そりゃ美少女戦士だもん、目からビームくらい出るよ」


 もう嫌、この身体。


「でもキラキラビームは目くらましにしかならないから、直接的なダメージにはなってない。立ち直る前に、武器を出すよ!」


「ぶ、武器ですと?」


「手帳の次のページに書いてあったんだけど、読まなかった?」


 トワが鋭い声で問いかけてくる。

 僕は相手に強く出られると、何か悪いことをしてしまったかのように小さくなってしまう。そんな自分がちょっと情けなくも思う。


「……変身のとこしかまだ読んでません……」


 声が小さくなっていく。視線は自然に地面へと。

 横でトワが嘆息したのが聞こえ、僕の身体がびくりと揺れた。


「いやそんなに怯えなくても責めないけど。ただ、武器を出さないと――」


「ぐおおあああ!」


 想像以上に獣の復活は早かった。僕は視線を慌てて獣へと戻す。

 超速で僕の至近距離に達してきた獣が大きく口を開け、吠えた。


「ひぃいい! もうダメですぅう!!」


 僕は後ずさり、壁際に背をつけて凍りついてしまった。これ以上、逃げられない。

 尖った牙が、僕の身体に喰らいつこうと迫り来る。襲い掛かる恐怖に、目を瞑ってしまった。

 ――万事休す。

 あの大きな牙に喰らいつかれ、喉元を掻っ切られるに違いない。すごく痛いんだ。昨夜助かったはずなのに、やっぱり死ぬかもしれないんだ。


「……あれ?」


 直後にくる筈の痛みが……来ない。

 恐る恐る、薄く眼を上げてみる。開けた眼が、そのまま大きく見開いていく。


「っ、トワ!?」


 トワが僕の前に立ちはだかっていた。

 両腕を前に突き出して、狂ったようにもがき暴れる獣を必死に押さえ込んでいる。その右腕は、獣に噛み付かれていた。


「う、ああぁ!」


 トワの口から痛みに堪えきれなかったのか、悲鳴が飛び出した。

 トワの腕に食らいつき、肉に牙を食い込ませる、獣の荒い息遣いが眼前にある。

 紅い眼が僕を見ている。

 怖い。怖い……! 

 こんな恐怖に対峙したのは産まれて初めての経験で、ただただ、身体が動かない。頭が真っ白になる。

 やっぱり僕は、戦えない……!


「大宮さん! しっかりして!」


 トワが叱咤の声をあげてきた。


「いきなり戦えなんて言ってゴメン。無理しなくていいから、逃げて……っ」


「でも、でもトワが……」


「大丈夫だから! もう充分だから!」


 ――痛い思いをしているのは、トワの方なのに。

 トワは額に大粒の汗を浮かんでいる。唇を噛み、表情を歪めながらも、僕を仰いでくる。

 その眼の中の光は、変わらずにあった。この子は戦える。たとえ自分の身体じゃなくても、ままならなくても、戦い続けられるんだ。

 その間にもトワの腕に獣の牙が深く、深く食い込んでいく。白い長袖シャツが血で赤く染まっていく。

 僕は切れそうなくらい、ぐっと唇を噛んだ。

 何を血迷っていたんだ。

 この場に走ってきた時に、覚悟はもう決めたはずなのに。

 大宮煌の身体になってしまった僕は、戦わなきゃいけないんだ。


「っ、よし!」


 気合を入れなおす為に、僕は自身の頬をぴしゃりと張った。真っ直ぐに前を見る。目は閉じない。

 もう一度キラキラビームを出そうにも、間にトワがいる。閃光がトワにあたってしまうとも限らない。

 迷ってる暇なんてない。

 きょろきょろと周囲を見回してから、僕はその場をすり抜け、駆けた。

 その間にも獣に圧し掛かられたトワに牙が襲い掛かっている。

 僕は姿勢を低くし、落ちている木の棒を拾い上げた。長いものじゃない。強度も少し湿り気を帯びて柔らかい。見渡す限りにはそんなものしか見つからなくて。


「うわああああ!」


 棒を自分の身体の前に突き出して、僕は叫びながら獣へと突進した。

 ほぼ体当たりだった。獣に当たった棒はぐにゃ、と簡単に折れ曲がってしまった。

 ただ黒い体毛が固く、ざわざわと揺れる。トワと獣を引き剥がすことすら出来なかった。

 全く損傷のない獣が、ただ害なすものに対して、振り返ってくる。


「お前の敵は、こっちです!」


 僕はやけくそで言い放った。涙目だったし、声は震えていた。

 でも、戦うって決めて変身したんだ。

 トワを、守るんだ。


「大宮さん……」


「こんなことで僕の身体を死なすわけには――うわあっ」


 言葉の通じない獣は待ってくれない。標的を僕に変え、その四肢を跳躍させてきた。

 覆い被さろうとする獣を前に、僕が持つのは折れ曲がった木の棒、のみ。

 それでも、もう目は閉じない。

 頭の中にあるのは、ただ目の前の敵を討つことのみ。

 目に力を込め、必死で真っ直ぐに獣を見据えた。

 ――僕は戦うんだ! もうこれ以上、負けたくないんだ!

 その意思と共に、右手に持つ棒が、熱を帯びたのを感じた。

 光が溢れ、棒が伸びていく。


「え、えぁ?」


 獣がその光に慌てた様子で身を翻し、地面に降り立った。

 僕から少し距離を開け、警戒の色を眼に宿している。


「なんなんだぁ!?」


 棒から放たれていた光が収束していく。全て消えると、棒は白く長い柄になっていた。

 掲げているその先には、毛足が長く分厚い繊維の束がバサリと揺れる。

 その繊維の束が揺れる度に、光の粒子がきらきらと周囲に舞い散った。


「武器、だ、ょ」


 立ち上がれない状態のトワが少し離れた場所で、言葉を発してきた。嬉しそうに口の端を吊り上げていた。


「すごいよキミ。何も教えてないのに、出せちゃった」


「これが、武器……?」


 いや、これ、どう見たってモップじゃない?

 見た目は完全に一般的なモップそのものだ。埃じゃなくて光が舞ってるけど。

 しかし折れた棒よりはマシだ。僕はそのモップの毛先を獣へと向けた。

 途端、力が身体の奥底から湧き上がってくるのを感じた。


「今、キレイにしてあげる」


 僕は無意識に、その言葉を紡いでいた。身体の奥底から漲る力が、勝手に自分の口を動かしていた。

 自然と微笑みが浮かんだ。

 獣へと駆ける足はどこまでも軽く、跳躍は凄まじい飛距離。


「キラキラモップー!」


 やっぱり恥ずかしい言葉を叫び。

 い竦む獣へとモップを思い切り叩きつけた。


「うぐああああ!」


 獣が悲鳴を上げた。

 光の粒子が獣を包み、その姿が掻き消えていく。

 あっさりと、瞬時に獣は消えてしまった。そんな存在は最初からなかったように。

 僕は地に降り立ち、荒い息と共にモップをおろす。


「清掃――完了」


 僕は紡ぐ。陽が翳る細道は、日常の姿へと戻った。





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