エピローグ
寒さに震えていても、容赦なく新学期はやってくる。
僕は休みボケしてしまっている身体をなんとかベッドから起こし、のそのそと学校へ行く準備をはじめた。
朝食を済ませてから、洗面所で顔を洗って歯を磨き、髪の毛を軽く整える。
鏡の中に見えるのは、見慣れた内倉永久の顔だ。
なんだか少しだけ大人っぽくなった。と、思いたい。
「遅刻しちゃうわよ煌ちゃん!」
姉が洗面所へと顔をのぞかせ、言い放ってきた。
僕は姉に急かされて、急いで制服へと着替えた。
三十一日を境に、僕は大宮煌じゃなくなったんだけど。実は姉にまだその真実を話していなかったりする。
あの日から――姉は僕への怒りを募らせ、逆襲に燃えていた。姉の様子があまりにも恐ろしくて、言いそびれてしまった。一度言いそびれると、なかなか言い出すキッカケを見つけられない。それでもそろそろ言わなきゃいけないんだろうなぁ、と憂鬱になっている今日この頃。
「煌ちゃん、今日学校で永久と会うかしら?」
背中にかけられた姉の言葉に、ドキリとした。
三十一日にあった何もかもも、姉には話していない。だって僕の姉は、本当は優しいって知ってるから、話したらまた泣かせてしまいそうなんだ。
「……さ、さぁ? どうでしょうね?」
「永久に会ったら、学校の帰りに家に寄るように言っておいてね? アイツ、お正月も結局来なかったんだから!」
「は、はい……」
僕はこくり、と頷いた。
「ふふ、会うのが楽しみ。絶対にとっくんのこと許さないんだから。久しぶりにいっぱい、虐めちゃうんだから」
……やっぱり本当のことを言うのは暫くやめておこう。
僕は久しぶりの緊張感を胸に、教室へと踏み込んだ。
クラスメイトたちがワイワイと友達同士ではしゃいでいる。僕は入ってすぐにキョロキョロと目を走らせ、教室内を見渡す。
いるわけなんてないのに、探してしまっていた。
「そうですよね……」
ぽつり、と呟く。何度も思い知ったのに。年末のあの日、大宮煌は消えてしまった。だから、こんなところにいるわけなんてないのに。
それでも、ひょっこりいるんじゃないか、なんて期待してしまっている僕がいて。
僕は肩を落としながら、自分の席に向かう。
向かう途中で、信じられないモノを見た。信じられなくて、二度見した。
刹那がいた。何故にいる。
自分の座席で、机に頭をのせ、寝ている。日常で見慣れた光景だった。
「ちょ、ちょ、ちょっと刹那ぁあああ!? なんで生きてるんですかぁあああ!?」
僕は寝ている刹那の席まで走り寄っていき、無理矢理に刹那の腕を持ち上げて立たせる。
平和そうな寝顔でこんこんと眠っている。僕の呼びかけにも全く起きる気配がない。実は刹那、寝顔がすごく可愛くなるということは、僕だけしか知らないんじゃないだろうか。
「ってそんなことはどうでもいい! 起きろおおお!!」
「……あ? なんだ、永久か」
ガクガク揺すぶると、やっと刹那が目を開けてくれた。半分だけだけど。
「なんで生きてるんですか! あの時清掃されたんじゃなかったんですか!?」
「うるさいな。喚かなくても聞こえてる。確かに俺は清掃されたけどな、あの時。光の力が完璧じゃなかったんじゃないか? ほぼ力なんて全部奪われちまったけど、俺はかろうじて生きてた」
信じられない。僕は刹那を凝視してしまう。
刹那は面倒そうに欠伸を漏らし、まだうとうとしている。
「全てを捨てることが出来なかったんだろうよ、大宮煌も。それにしても力が奪われすぎたせいで俺のライフはゼロだ。しばらく清掃員の邪魔も出来そうにない。もう眠くて眠くて眠くて――」
寝た。
話しながら、寝てしまった。
僕はもう刹那に呼びかけるのを諦めて、その身体を机に寝かせてやる。
刹那はリフューズだし、強いし、負の感情に満ちているのかもしれないけど。やっぱり変わらずに、僕の友達だ。
生きていてくれて、正直嬉しかった。それに――
「永久君」
僕の背中へかけられた呼びかけに、振り返った。
あさひが微笑んで、後ろ手を組んで立っていた。煌の身体でいた時よりも、少しだけあさひと絡む目線が遠くなったことに気付く。
こんな風に話しかけてくれることが、素直に嬉しい。僕とあさひは前よりずっと親しくなれている。
相変わらずあさひを見ると鼓動が高鳴って、頬が熱くなってしまうけれど。
「ね、気付いたでしょう?」
僕はあさひの明るい表情を見て、頷く。
「刹那君が生きてるってことは……」
単純かもしれないけど、僕の表情も嘘みたいに明るくなった。
「きっと、煌ちゃんも生きてる」
あさひからその事実を聞いて、今すぐにでも走っていきたい気持ちになる。煌を探しに行きたい気持ちになる。
「沙良さんにも話さなきゃね! 今日の帰り、一緒に大宮医院に行こうよ」
「うん! そうですね!」
「いっちゃんも誘っていいかな!?」
「う、うん! そうですね!」
一瞬言葉が濁りかけたけど、僕はなんとか頷く。
友枝は別人みたいに机に顔をのっけて、メソメソ泣いている。
沙良さんもだけど、みんなひどい落ち込み様だったから。だから、みんなに早く話してあげないといけない。
煌は、絶対に生きてるって。
――その気持ちに呼応するように。
リフューズの産声が、耳に届いた。
「あ、永久君」
「うん」
どうやら始業式はサボることになりそうだ。
「行こう」
ふんわりと微笑み、あさひが手を差し出してきた。
僕はその手を取って、二人で教室を飛び出した。
大宮煌がいなくなってしまって、僕は彼女に代わって清掃員として清掃業を続けることになった。だから、リフューズの産声が聞こえてきたら行かなきゃいけない。
でも流されているわけじゃなくて。僕は、自分の意思で清掃業を続けて行こうと決めたんだ。
僕らは校庭を駆け抜け、校門を出てリフューズの姿を捜す。
しばらく走って、細道に入ってリフューズの産声が近くなったのを感じる。
そろそろ変身しなければいけない。ポケットに入れてあったペンダントを握り締めて確かめる。
熱を帯びた星を、ポケットの中に感じた。
――僕が変身する前に。
リフューズに立ちはだかる、背中を見つけた。
僕は片手で自分の口を覆う。
嗚咽が漏れてしまいそうだった。堪えきれない涙が、頬を伝っていった。
輝く金色の髪を揺らし、凛と立つ美少女清掃員。
「美少女清掃員、キラキラ参上!」
彼女が紡ぐ。
僕は口を開く。
――伝えたいことが、たくさん、あるんだ。