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最終話 永久に煌け☆美少女清掃員④

 僕は星霜学園の屋上まで戻ってきた。時間は経過していたけれど、不穏な空気は変わらずにその場を支配している。

 遠目に白い作業着を発見した。いそいで駆け寄っていく。


「あさひ!」


 作業着がズタズタに裂かれ、薄桃色の髪の毛は乱れている。周辺には血溜まりが幾つも出来ていた。武器の掃除機ももう壊れてしまっていた。ボロボロになっているあさひは、それでもまだかろうじて立っていた。僕の呼びかけに振り返る。


「永久、君……?」


「永久? ……驚きだな」


 刹那もやはり、いた。あさひとの長い戦いに傷一つ負った様子もない。あさひに続き、刹那も動きを止めた。現れた僕の姿に目を丸くしている。

 あさひが限界だったのか、その場に膝を折る。僕はあさひの前に立ち、刹那と向き合った。

 僕は、黒のつなぎ作業着姿。髪の毛の色は変わらず、黒だった。髪型も普段通り。やっぱり中途半端にしか変身できなかったけど。でも変身したのならば、光の力は使えるはずだ。


「刹那、もうやめてくれ」


 僕は刹那を見つめながら、手に光を収束させていく。

 敵に対して、負けないという強い気持ち。そして勇気と愛。僕の中に変わらずにある。

 全部、煌が教えてくれたんだ。

 武器を出す為に、精神を集中させた。瞬き、自分の手に生まれ出たものを確認。


「……それでどうするつもりだよ、永久」


 刹那の突っ込みに、僕はがくりとうな垂れた。

 雑巾て。ハタキよりひどい。これ、もしかして姉の呪いだろうか。全く役に立ちそうにない雑巾を僕はぐしゃ、と握り締める。


「これで戦うんだよお前と!」


 僕は刹那へと駆けていく。雑巾だろうとなんだろうと、戦うしかない。


「なんで邪魔するんだよ」


 拗ねたように刹那が言い放ってきた。僕は刹那へと詰め寄り、その両肩を掴んで押し倒した。拍子抜けするくらいに、刹那はあっさりとその場に崩れた。


「刹那……?」


 掴んでいる刹那の肩が小刻みに揺れている。呼吸は浅く、顔色は紙のように白い。

 刹那は……消耗している。

 表情は変わらないままだったけれど、長い戦いで確実に蝕まれていた。多くのリフューズを産み出し、何度も光の粒子を注がれて。こんな僕に簡単に押し倒されてしまうくらい。


「刹那、もうやめよう。こんなことしたって……」


「無理だ。俺はリフューズだからさ、清掃されるまで止まらない」


 見下ろす刹那の瞳は、感情を含まないもの。だけれど、僕を見ている。瞳に僕が映っている。やっぱり僕と刹那の間に嘘なんて一つもない、なんて思ってもいいのかな。

 歯を食いしばっても涙が止まらなくて、刹那の頬へとパタパタ降り注いだ。

 なんでだろう、なんでこんな時になって気付いてしまったんだろう。


「戦いたくない……」


「お前は本当に、甘えた奴だな」


 刹那が呆れたように言い放つ。それでも、それでも。

 僕は刹那を清掃することが、できない。あれほど心に誓っていたはずの決意は、刹那を前にしてあっさりと崩れ落ちた。

 ――僕は何一つ、捨てることなんてできてなかった。

 結局完璧な強さなんて、手にすることができないんだ。

 僕は、戦えない。ここまで来て。変身までしたのに。

 刹那の手が伸びてきて、力が抜けてしまった僕の首を簡単に掴んだ。刹那の力を持ってすればそのままへし折ってしまうことだって、簡単に出来てしまうんだろう。

 でも、もうそうなっても、いいのかもしれない。

 大宮煌は失われようとしている。だったら、僕も一緒に消えてしまっても――


「永久君! 永久くぅううん!!」


 遠くで悲痛な叫びが聞こえてきた。

 動くこともままならない、傷だらけのあさひだった。

 必死になって、僕の名前を呼び続けている。


「諦めちゃダメだよぉっ、そんなの、ダメなんだよぉ!!」


 首を絞める力が強まっていく。呼吸が困難になってくる。

 僕が見下ろす刹那の表情は、苦しそうだった。

 ――ああ、そうか。

 リフューズだから、ヒトガタだから、止まらない。でも本当は、

 本当は。


「今度はボクが救う番だ」


 ――その声が聞こえたのは、世界が静止してしまったかのように、静寂に包まれていた時だった。

 僕の首を絞める、刹那の手が緩む。

 僕は刹那の横に崩れ落ちる。

 刹那の動きは速かった。瞬時、身体を起こして跳躍し、僕の視認できる位置から消えうせた。

 次の瞬間に、刹那のいた場所に膨大な光の波が押し寄せた。

 屋上のコンクリートが、強力な一撃によって抉られる。

 ゆっくりと光が集束していく。モップのかたちへと。彼女の、姿へと。


「き、らり……?」


 僕の前に、守ってくれているように立っているのは、光に包まれた美少女清掃員だった。

 滅茶苦茶に殴られて蹴られて傷だらけだったはずの少女は、全ての傷が消えうせて、金色の髪の毛を揺らし、力強く地面を踏みしめていた。

 幻なんかじゃない。確かな実体が、僕の目の前にある。

 確かに、大宮煌だった。完璧な清掃員に、覚醒した、大宮煌だった。


「なんで覚醒を? どうして、どうやって――」


 僕の疑問に応えず、煌はモップを横にして持ち、自身の前へと構える。


「煌!」


 僕は彼女の横に並び、彼女の名前を呼ぶ。

 煌は前だけを見ていた。給水塔の上に立つ、刹那だけを見据えていた。


「もう永久くんは、戦わなくてもいいんだ。ボクが、全部、終わらせるから」


 煌は瞳に光を宿らせ、跳んだ。

 モップを構えなおし、毛束を刹那へと向けて高く高く跳躍する。


「うわぁああああ!!」


「どこまでしつこいんだよ清掃員がぁああ!!」


 刹那が吠えた。

 空間に剣を、数十、どころじゃない、数百と生み出し、その剣先を全て煌へと向けていた。

 数百の剣が豪速で煌へと向かっていく。

 それでも煌は引かない。光の弾丸となって、刹那に向かっていく。

 僕は何かを考える前に、無意識に身体が動いていた。

 地を蹴り、駆けていく。

 数百の剣先が向かっていく煌へと。自分の身体じゃないみたいに、速く動けた。

 そして、煌の前に立ちはだかるように、跳び上がった。


「永久く――!?」


 僕は雑巾を前に翳す。

 瞬間、自身から光が溢れていくのを感じた。

 雑巾だったものは、巨大な光の壁になった。数百の剣が、全て光の壁に阻まれて、跳ね返り、地へと落ちていく。


「行けええええぇ!! 煌いぃいい!!」


 僕は叫んでいた。あらん限りの力を振り絞って、叫んでいた。

 だって、刹那は、本当は――

 僕の肩に足をのせ、煌が更に高く跳躍した。

 僕は落下していく中で、その光景を見ていた。

 時間が、スローモーションになったかのように、ゆっくりと流れているように思えた。

 落下していく僕を、一度だけ煌が振り向いてきた。


「――だよ、永久くん」


 僕に向けて何かを、言ってきた。聞き違いかと思う。

 煌の翳していたモップが、巨大な槍の容に変化した。その空を覆わんばかりの大きな光の槍とともに、刹那へと向かっていく。

 刹那は目を見張り、ただそれを見ていた。

 ――だって、刹那は、本当は、止めてほしいと、思ってるんだ。

 光の波が押し寄せ、二人を包み込んだ。

 爆発でもしたかのような閃光に、何も見えなくなった。

 闇だった空が、瞬間で昼間のように明るくなった。

 光の渦はそれでも止まらなかった。

 長い時間、光は暴れまわるようにうねり、何もかもを真っ白にしていった。

 洗い流されていく。全てが。

 僕は目を瞑る。地に落ちた身体に衝撃が走ったけれど、それすらも全て消えていくような、光の渦だった。

 


 全ての光が消えうせ、闇夜が戻ってくる。

 その場にはもう、

 大宮煌も、辻刹那もいなくなっていた。



「永久君……」


 あさひが怪我を負っている身体をひきずりながら、僕へと歩み寄ってくる。僕は呆然と立ち上がり、あさひを見た。


「二人とも、一緒に消えちゃうなんて、ヒドイ光の力ですよね……」


「……それが、完璧な美少女清掃員の、真の力ってことなのかな」


 ぽつりとあさひが呟いた。

 僕が手にできなかった、完璧な清掃員の力を煌は行使したんだ。僕を救う為に。

 涙が止まらなくて、こんなところを好きな女の子に見られたくなかった。

 でもやっぱり、どんなに痛めつけられている状態でも、苦しくても、悲しくても。

 あさひはくしゃくしゃに泣きながら、笑顔を向けてくれた。


「清掃――完了」


 僕はあさひに向けてくしゃくしゃな顔のまま、告げた。

 同時に十二時を報せる鐘がどこかから、聞こえてきた。新年を迎えたことを知る。元の姿に戻って、僕はシャツの胸ポケットに何か入っていることに気付く。

 手帳だった。


「あ……」


 そうだ。今日僕はトワに渡したじゃないか、この手帳を。

 ポケットからそれを取り出す。

 何度も目を通した美少女清掃員について書かれた手帳を、パラパラと捲っていく。内容は完全に覚えてしまっていた。でも、最後のページに見覚えのない走り書きを見つけて。

 目を留めた。



 美少女清掃員の心得の巻(ラストです!)


『完璧な強さを得る為には、全てを捨ててください』


 その一文の下に、書き足したのであろう走り書き。


『ボクは、捨てられないキミが、大好き』


 いつ書いたのだろうか。きっと煌は元に戻ることを決めていたから、このメッセージをここに残したんだろう。

 やっぱり、振り向いた彼女が言ってきたのは、僕の聞き違いなんかじゃなかったみたいだ。

 ――大好きだよ、永久くん。

 なんて。彼女は、消えていく前に僕に向けて言ってきたんだ。


「卑怯じゃないか……」


 僕は、君に、結局何一つ伝えられてない。

 言いたいことがたくさんあったのに。

 伝えたいことが溢れているのに。何一つ聞かないで、自分の気持ちだけ全部伝えて消えちゃうなんて。

 僕は宙を見上げ、星に向けて、呟いた。





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