最終話 永久に煌け☆美少女清掃員③
僕は内倉永久の身体に戻っていた。
そのことに気付いたのは、大分時間が経過した後だ。その頃には陽が落ちて、街全体が薄暗闇に覆われていた。
友枝、沙良さんと共に大宮医院までたどりついた。息を切らしながらも沙良さんは休むことなく、煌の身体を診療台へと寝かせた。
ありったけの医療器具をひっぱり出してきて、煌の腹部から流れ出る血を止めようとしている。友枝が何か喚いているけど、何を言っているのか僕にはわからなかった。
僕はただ、呆然とことのなりゆきを見守っていた。見守っているというか、うまく現実を受け止められずに、逃避していた。
これは夢なんじゃないだろうか、と。
目の前にいる大宮煌は、顔色も蒼白で、唇も青くて、全く生気を感じられない。
僕が刹那に刺された直後、おそらくみんなが駆けつけた。あさひと沙良さんが刹那と対峙しているその少しの間に、トワは僕にキスをしたんだ。
命の危機が訪れた時、キスをすれば入れ替わることができる。それは最初に煌と入れ替わった時から知っていた。
「なんで、なんでそんなこと、したんですか……」
僕の口からぽつりと呟きが漏れた。その声は、耳に馴染んだ自分のものだった。
僕の、内倉永久の身体だった。それなのに、ちっとも嬉しくなかった。
『救ってくれて、ありがとう』
彼女は僕に向けてそう言った。穏やかな声で、満たされて。
震えてしまっている拳を、ぐっと握った。
僕は、そんな言葉が欲しかったわけじゃない。
僕は大宮煌を助けたかったんだ。
でも実際に救われたのは自分。痛めつけられて、瀕死の重傷を負った身体を自ら請け負ったのは、煌の方だった。
「沙良さん、煌は助かるんですか……?」
汗を浮かべながらも、治療行為を続ける沙良さんの横顔に声をかける。
「……」
沙良さんが無言で、くしゃりと表情を歪めた。それだけで、わかってしまった。
自分の孫が息絶えそうな現場に、平気ではいられないのだろう。それでも気丈に動き、煌の止血を続けている。
もう手遅れなのに。全部、終わってしまったのに。
僕は耐え切れず、診察室の扉を開き、廊下へと出た。
友枝がいつの間にか診察室を出て、ちょうど廊下を走っていく背中が見えた。
「友枝君、どこに行くんですか?」
僕はぼんやりとしたまま、友枝の背中に声をかける。
友枝は首を振り向かせてきた。真剣な表情だ。
「どこって、あさひを助けに行くに決まってるだろうが!」
「……っ」
刹那の圧倒的な力は、完璧な美少女清掃員ですら全く敵わなかった。刹那は煌にとどめをさす為に、まだ向かってくる気だった。その刹那を止める為に、あさひが戦っている。なんで僕はそのことを忘れていたんだ。
友枝に言われて、頭を思い切りガツンと殴られた気分になった。
「わけわかんないけどな! 大宮は絶対に助かるんだよ! 俺の大好きな女の子は完璧な美少女なんだよ! だからこんなことで死ぬわけないしな! アイツは、あさひはけっこう間抜けだから、誰かが助けてやらないと……だから、行くんだよ!」
そうだ。
何一つ、終わってなんかいない。
僕はこんなところで何をやっているんだ。
「友枝君、お願いがあります。沙良さんを、手伝ってあげてほしい」
「は? 何を」
僕は友枝に向けて、深く頭を下げた。
「手伝いの手が必要だと思うんです。煌を助けたいんでしょう? だから、沙良さんとここに残ってほしいんです」
僕は頭を下げ続ける。
「あさひはどうなる」
友枝の真剣な声が降ってくる。僕は顔を上げて、友枝を見た。
「僕が刹那を止めます。あさひを助けます」
「お前が……?」
「必ず、助ける。全員、助けてみせる。綺麗事だと思われてもいい。僕は、みんなを助けたいんです!」
友枝を強く見据えた。暫く、沈黙があった。
「……わかった。じゃあ、お前に託す。全員救ってこいよ、必ず」
「ここは頼みます!」
僕は言い放ち、駆け出した。大宮医院を飛び出し、僕は走った。全速力で走り続けた。今までの大宮煌の身体とは歩幅が違って、いつもよりも景色が早く流れていった。
僕ができることは、
僕が内倉永久に戻ってできることは、大好きな人たちを救うことだけだから。
目的の場所までたどり着くと、僕は血眼になって地面を見つめ、視線を忙しく動かした。
照明が全くなくて、暗闇に染められているので凝視したところで殆ど何も見えない。
それでも僕は這いつくばって、長い間探し続けた。
明かりになるのは、ビルとビルの隙間から僅かに差し込む、星の輝きだけ。
「……あった」
奇跡かとも思う。僕はそれを見つけることができた。
――いつかに捨てたペンダント。
ちぎれた鎖もそのままで、残っていた。僕はペンダントを拾いあげて、手の平の中に包み込む。
できる。僕になら、できる。
リフューズになりかけているこの身体。それに美少女清掃員の変身も、武器も、心得も、全て習得してきた。だから、この姿でも、きっと。
手のひらの中の星が、応えるように熱を帯びた。
息を吸い込み、僕は前だけを強く見据えた。
「清掃開始!」