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最終話 永久に煌け☆美少女清掃員②

 僕は学園内に踏み込み、手当たり次第にリフューズを清掃していった。

 次から次に、教室から、窓から、階段から、絶え間なくリフューズが僕に襲い掛かってきた。

 一人の力では限界がある。一体どれだけ出てくるっていうんだ……!

 各種様々な容をしたリフューズを、いくつもいくつもいくつも清掃していく。そのうちに、息が切れて呼吸が乱れ、肩が大きく上下する。額に浮かぶ汗を、走りながら拭う。それでも立ち止まるわけにはいかない。僕がここで止めないと、学園から街へとリフューズたちが行ってしまう。

 何度もモップを振り回しているうちに、腕が痺れていきていた。手先が震えて、モップを落としそうになってしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 言葉も出てこない。それでもリフューズはまだまだ減る気配がない。

 屋上で待つ刹那の元へと、向かわなければいけないのに。少しも前に進めない。それどころか、リフューズの猛勢におされて後退してしまっている。

 僕は靴を履いたままの踵を廊下に踏みしめ、凄まじい速度で襲い掛かってきたカラスガタをモップで叩き落した。喘ぐ間もなく、カラスガタが消えていく。


「あれ、トワ……?」


 いつの間にか、一緒に走っていたはずのトワの姿が見えない。見渡す限りに存在するのは、大量のリフューズと僕のみの学園。


「ぐぉわあああっ」


「……っ!」


 少しの間集中が途切れていたことによって、至近距離までライオンガタのリフューズが迫って来ていた。僕に向けて鋭利な爪を振り下ろし――


「くっ、はぁっ」


 きりさかれ、弾き飛ばされた。

 僕の身体が廊下にバウンドし、衝撃に息が止まる。

 なんとか肩膝をつき、壁にもたれながら身を起こした。切り裂かれた作業着の胸部分が大きく開き、浅く赤い線が白い胸の上部に走っていた。ぐらぐらと視界が揺れる。酸欠で眩暈を起こしかけている。

 立ち上がる力もない。それでも僕に向かってくる、多くのリフューズの姿。

 もうダメだ、と泣き言を漏らしかけた。

 その時。


「ピカピカ掃除機ー!」


「!?」


 可愛らしい声が、場に響き渡った。

 僕はハッとして、聞こえてきた声の方へと首を振り向かせた。まさにその瞬間、白い作業着姿のあさひがピンク色の掃除機にリフューズを吸い込んでいた。

 僕のいる廊下の奥へと、あさひが猛然と迫ってきている。

 そのあさひを自転車の後ろにのせて、走ってきているのは、


「助けに来たぞおお大宮ぁあああ!!」


 自転車を猛然と漕いでいる友枝だった。後部席に、美少女清掃員姿のあさひが掃除機を持って立っている。

 あさひの掃除機にすぽすぽ飲み込まれていく、雑魚のリフューズたち。


「友枝、君!?」


 友枝は目隠し布を巻いていた。僕の姿にも気付かないで、そのまま僕の前を通り過ぎていく。


「とおっ」


 あさひがかけ声と共に、自転車を飛び降りた。目隠ししている友枝は、そのまま突き当たりの壁に激突していった。


「煌ちゃん、大丈夫!?」


 走り寄ってきたあさひを見て、僕は心の底から安堵の息を漏らす。


「助けにきて、くれたんですね……」


「うん、トワ君から連絡があって! ちょうどいっちゃんと一緒にいたから、話聞かれちゃって。いっちゃんも行くって聞かなくって。でも変身見られるのはまずいから、途中から目隠ししたの」


 友枝は廊下の突き当たりで、自転車と共に倒れ伏している。

 トワがあさひを呼んでくれたのはありがたいけど、余計なオマケまでついてきてしまったということか。僕は嘆息する。


「ゆっくり話してる暇はないみたい!」


 あさひが鋭い声を放ったので、僕も身を固くして周囲に視線を巡らせた。

 あさひは素早く姿勢を低くした反動で、跳んだ。


「ピカピカキーック!」


 迫ってきていたライオンガタに、弾丸のような飛び蹴りをめりこませた。

 ライオンガタが廊下の反対側まで吹き飛ばされていく。


「ここはわたしがなんとかするから、煌ちゃんは他のとこをお願い!」


 僕を振り返ったあさひが、輝く笑顔を見せてくれた。ゲンキンにも僕の身体に力が漲ってきた。


「ありがとうあさひ!」


 とにかく先に進むんだ。刹那の待つ、屋上へ!

 僕は廊下を駆け出す。背後であさひが戦っていてくれている気配を感じた。なんという百人力。怖いものなんて何もない。

 階段を駆け上がっていく。屋上に続く階段は、あとは三階の廊下を突っ切ればいいだけだ。

 僕は走った。何も考えないようにして、全速力で走った。

 屋上への階段の目前、廊下の曲がり角から、突如現れたリフューズに意表をつかれた。

 慌ててモップを翳す。――その光る毛束が届く前に。

 目にも止まらぬ速度で、銀色の何かがリフューズに衝突。リフューズが弾き飛ばされていく。


「えっ!?」


「こんなことで手間取ってちゃ、完璧な清掃員は務まらないねぇ」


 聞き慣れた声が、僕の耳に届いた。


「美少女清掃員、サラサラ――推参」


 落ち着いた声音。水色の作業着。ストレートに足元まで伸びる、美しい銀色の髪。

 僕の前に立つのは、美少女清掃員(幼女バージョン)の沙良さんだった。


「沙良さん、弱いのに助けに来てくれたんですか!」


「弱いは余計だ!」


 沙良さんが振り向いて言ってくる。愛くるしく小生意気そうな顔立ちで、キッと僕を睨み上げてきた。


「煌に頼まれてしまったからな! 先に行くんだ永久君!」


 沙良さんが前へと向き直り、空間からハタキを生み出した。


「トワが……沙良さん、ありがとうございます!」


 どうやら姿が見えないトワは、僕を助ける為に色々走り回ってくれているらしい。こんな時だけど、嬉しさがこみ上げてきた。

 僕には、あさひという強い味方がいる。沙良さんという頼りになる存在がいる。

 そして、トワがいる。

 大丈夫、負けるはずなんてない。僕は瞳に強い光を宿す。

 沙良さんがウシガタのリフューズへと瞬間で迫り、連続ハタキ攻撃を見舞っている。

 しかしウシガタの角が、沙良さんをあっけなく弾き飛ばしてしまった。


「ぐぅっ」


「沙良さん!」


 僕は壁に叩きつけられた沙良さんの元へと、駆け寄っていく。


「雑魚に構うな! お前さんは行くべき場所へ行くんだ!!」


 厳しい言葉が飛んできて、僕の足がピタリと止まる。

 沙良さんの鋭い眼が、僕を真っ直ぐに見つめていた。


「ヒトガタを、止めてくれ……!」


 僕は沙良さんの切実な訴えを受け、表情を引き締める。そうだ、僕が行くべき場所は、一つだけだ。

 僕はもう振り返らずに、走った。がむしゃらに階段を駆け上がった。

 屋上に続く扉を、押し開く。

 その場所に出ると、傾いた陽がその場を赤く染め上げていた。想像以上に長い時間、リフューズとの戦いに費やしていたようだ。リフューズの産声も徐々に少なくなってきている。

 冷たい風が吹きつけてきて、僕の金色の髪がなびく。

 荒い息を吐き出して、モップを下ろした。

 ……あさひは、友枝は、沙良さんは、トワは無事だろうか。

 ――そして佇む僕の真正面、数メートル先の場所に。


「ども、大宮さん」


 刹那が、立っていた。

 僕と刹那の影が、屋上のタイルに長く伸びている。

 刹那は無表情だった。軽く手を上げて、言い放ってきた。僕は再びモップを持ち上げ、刹那を強く見据えた。


「刹那……!」


「会いたかったよ」


 こんな時なのに、刹那の言葉に鼓動が跳ねた。ぎゅっと唇を噛み締めた。

 切なくて、悔しくて、狂おしくて、どうしようもなくて。


「刹那アアアアッ!」


 慟哭のように僕は叫び、駆けた。

 刹那が瞬時に手の中に生み出した剣と、僕のモップが衝突した。モップの毛束が揺れ、光の粒子が僕らに降り注ぐ。刹那は光の粒に眉根一つ動かさない。剣を持つ手に力を徐々に加えていく。

 ぐぐ、と押され、僕の踏みしめていた踵がずり下がる。なんて力だ……!

 僕は一度後ろへ跳んだ。

 更に速度を上げ、二度、三度、刹那と衝突を繰り返す。

 刹那はどんな速度にも、簡単についてくる。

 屋上に、数十回に及ぶ僕らの衝突によって、大量の光の粒子が雪のように舞っている。


「俺を産まれたばかりのヒトガタと一緒だと思うなよ」


 剣先の向こう、刹那が唐突に言い放ってきた。

 剣をおもむろに引いてきた。刹那の剣へと全力でモップを向けていたので、僕の身体がよろめいた。そこに放たれた、容赦ない蹴り。


「――っ」


 腹を蹴られ、吹き飛んだ僕の身体が地面を滑る。ガリガリと膝がすり剥けた。うつ伏せに倒れ、腹と膝がズキズキと痛んだ。それでも感情は昂ぶったままで、僕は肘を地面にたて身体をすぐさま起こした。


「知ってるか? 俺ぐらいのヒトガタになると自在にリフューズを生み出すことだってできるんだ。かなり消費するから、俺はもうヘトヘトだけどな」


 刹那は肩をすくめて立っている。僕など相手にならないといった風に、剣をだらりと下ろして。


「僕を狙う為にあんなまわりくどいマネをしたのか!?」


「多勢で行けば、完璧な清掃員にだって勝てるかなって。でも無駄だったな。やっぱり俺がやらなきゃ駄目か。面倒くさいな」


 刹那は欠伸をしながら、後頭部をかいている。


「……許さない。大宮煌を傷つけて、その身体まで奪おうとしているお前を、僕は絶対に許さない!」


 僕が怒鳴りつけても、刹那は表情を変えない。軽く息を吐いただけだった。


「仕方ないな。さっさと殺すことにするか」


 刹那が気付けば、眼前だった。


「せ、」


「悪いな。今の俺は、本気なんだ」


 その動きは、初めて見たヒトガタと同様のもの。いや、それ以上。生気の感じられない影が、気配もなく眼前だった。至近距離にある、刹那の感情のない空洞のような眼。

 本当に刹那がリフューズと関係していたのだろうか、なんて甘い考えは。

 簡単に、粉々に、破壊された。


「ぅあああっ」


 頬を殴られ、飛ばされていく。凄まじい衝撃に、目の前が暗くなっていく。再び地に転がされ、圧倒的な力の差を思い知らされる。

 仰向けになった身体をぐしゃり、と踏みつけられた。


「ぐ、うぅ……!」


 何度も蹴られて嘔吐感がこみ上げる。容赦なく、機械のように、何度も、何度も、何度も。

 白濁とする視界に、意識が朦朧になっていく。身体中いたるところを、凄まじい力で蹴りつけ、踏みつけられる。

 痛みすらもう、感じられない。


「そろそろかな」


 僕の耳に、刹那が紡いだ言葉が届いた。僕は思考がうまく働かずに、刹那の方を薄く開けた瞼で見ることしかできない。

 刹那の背後、伸びている影が見える。……そこから。

 ヒトガタがのそり、と産まれた。産まれ出たリフューズが歓喜の産声を上げる。鼓膜が振動し、脳が揺すぶられる。


「……な、んで」


 あんなに清掃したのに。みんなで、戦って、ここまできたのに。

 こんなにも、簡単に。

 ヒトガタがのそりのそりと僕に近付いてくる。


「この世界は負の感情で溢れている。リフューズなんていくらだって産み出すことは可能なんだよ。ただ気まぐれに産まれてくるリフューズたちを今までは放置してたけどな。今回ばかりはやらなきゃいけないから、ちょっと俺も本気出して頑張ったんだぜ? ヒトガタを一体産み出すのは、かなりの労力なんだぞ」


 刹那が慈しむように僕を見下ろして、初めて笑顔を見せた。


「ただ殺すのは惜しいから、ヒトガタに食わせてその身体を手に入れることにした」


 僕は信じられない言葉を吐いた刹那を見上げる。

 何を、何を言ってるんだ、刹那は。

 ヒトガタが僕の手首を掴み、身体を持ち上げてくる。

 僕は抵抗すらできず、ヒトガタの大きく開かれた口を前にしていた。

 ヒトガタの口の中に見えるのは、絶望だけだった。


「仲間になろうぜ、俺たち」


「――嫌だ」


 刹那は完全に油断していた。

 僕は一方的な暴力により、完全に打ちのめされていたから。でも。

 まだ心の中にある光は、消えてない。


「僕はリフューズにはならない!」


 喉を振り絞り、やき切れるかと思うほどの痛みを堪え、吠えた。

 僕は手の中に自在にモップを生み出すことが可能で。

 だから、腕が上がらなくても。足が動かなくても。僕は手の中にモップを生み出して、それを思い切り前に突き出せばよかった。


「キラキラ、モッ、プ……ファイ、ナル」


 渾身の一撃だった。その一撃に、全部を込めた。

 ヒトガタが大量に光の波に呑まれて、消えていく。

 僕はその場に崩れ落ちる。一矢報いたことに、笑みがこぼれた。


「は、はは……」


 もう何も出来ない。その場に転がったまま、指先一つ動かすことすらできなかった。

 刹那が、僕をのぞきこんでいた。その表情がはじめて歪んでいた。


「じゃあ死ねよ」


 直後――ズブリと腹部に違和を感じた。

 衝撃、だけだった。


「せ、つ、な……」


「仲間になれたら、楽しかったのにな……っ!?」


 刹那の声が遠い。激しい動悸で、耳元がどくんどくんと鳴っている。浅い呼吸しか繰り返せない。

 もう、何も感じない。

 何も見えない。

 視界が、消えていく――

 閉じきる前にトワの顔が見えた。まぼろしかもしれない。


「ごめんなさい、永久くん、本当に、ごめんなさ……っ」


 なんでトワは泣いているんだろう?

 謝らなくてもいいのに。僕は、君に感謝してるのに。

 君に会えてよかったと思ってるんだ。入れ替わって、よかったって。

 君の強さが、僕を変えてくれたんだ。僕を、限りなく強くしてくれたんだ。

 パタパタと頬に水滴があたるのを感じた。


「救ってくれて、ありがとう」


 下ろした瞼とともに、視界が完全に消えうせた。

 それでも、トワの穏やかな声は聞こえた。

 頷く力すら残されてないけれど。伝えたい。

 意識を手放す前に、柔らかい感触が唇に伝わってきた。

 僕も、伝えたいんだ。君に。



 ――全身に巡っていた筈の痛みが消えていた。意識もクリアになっていた。

 僕はその場に立ち尽くしていた。


「え……?」


 何が起こったのか、把握ができない。

 急速に取り戻した感覚に、世界が眩む。


「逃げるぞ永久君!」


 その僕の耳に届いたのは、沙良さんの声だった。視界が少しずつひろがっていく。

 沙良さんと、あさひもいた。まだ二人とも美少女清掃員の姿のままだった。ああ、そうか。二人が助けに駆けつけてくれたのだと、思い当たる。あさひが掃除機を振り回し、刹那と戦っていた。

 トワは?

 僕は意識を手放す前にトワの顔を見た、はず。夢じゃなければ。

 沙良さんが猛スピードで僕の前に来て、手を取った。


「ぐずぐずするな! 来るんだ!」


 友枝もいた。友枝、何も事情を知らないのに、こんなとこまで来ちゃって大丈夫なのかな。なんてどうでもいい感想が僕の脳内を占める。

 友枝はいつもみたいにふざけた様子じゃなくて、似合わない真剣な表情なんかつくってた。そして、何かを背中に抱えていた。

 沙良さんが強く僕の手首を引く。刹那とあさひが戦う反対方向へと連れていこうとする。


「でもあさひが……」


 気になってあさひの方を見遣る。刹那が忌々しそうに舌打ちをしていた。


「邪魔するなよ清掃員! さっさとトドメをさしたいんだよ俺は!」


「そんなことさせない!」


 僕は沙良さんに手首をぐいぐい引かれてるのに、その場から動けない。


「永久君、ここは任せて早く逃げて! お願い!」


 振り返ったあさひと目が合った。その必死な言葉を受け、僕はようやく正気に返って頷く。

 とりあえず、逃げなきゃいけないのは伝わったから。

 何もかもがうまく考えられないまま、沙良さんと友枝の背中を追う。

 なんであさひは、僕のことを永久君と呼んだのだろう?

 なんで友枝に背負われている大宮煌は、目を開かないのだろう?





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