幕間・2
客間の畳の上に布団を二つひいてくれて、ボクはそのままの恰好で転がった。
息を吐き出す。
ボクの小さなおばあちゃんは、何一つ言わないで、何一つ聞かないで、照明を消し、ボクの横に敷いた布団へと潜り込んだ。
暗闇だった。
安心する、闇の中で、ボクは胎児のように身体を折り曲げる。
「……ねぇ、おばあちゃん。ボクはもう、リフューズになってしまうんだ。自分でもわかる。闇がボクを呼んでいる」
既に手首にまで達してきている黒い痣を触りながら、ボクは小さく呟いた。
「そう、かい」
おばあちゃんはそう答えただけだった。
「でも、元に戻れば、永久くんの魂だったら、この身体をリフューズの堕とすことはないんでしょう?」
「……」
おばあちゃんは何も言わない。
外も、静かだった。
今日あった何もかもが、嘘だったみたいに。静寂に満ちていた。
冷えた布団を引き寄せ、ぬくもりを探す。でも、ボクの身体は冷たくて冷たくて、ちっとも温かくならなかった。
「聞いてくれるかな、おばあちゃん」
ボクは闇に向けて呟く。
おばあちゃんはじっと動かない。闇の中では起きているのか、寝ているのかすらわからない。
でも、ボクは紡ぐ。
「ボクね、今日永久くんの為にご馳走を作ったんだ。照れ臭くて言えなかったけど、永久くんに心から感謝してて、頑張って作った。イブに一緒に過ごせるのが、嬉しいと思ってた。特別な日だから、可愛い恰好してきてなんて言ってさ。ボクにとっての彼は救いそのものになっていて、ずっと一緒にいたいと思ったんだ。でも、こんな気持ちはじめてで、永久くんとどう接すればいいのか分からなくて、ぎこちなくなっちゃった。ちゃんと言えればよかったなぁ」
吐き出す。
「彼が刹那くんに向けて、大宮煌が好きなのは、刹那くんだって言ったんだ。なんだか、すごく悲しかったんだ。彼の口から、そんな言葉を聞きたくなかったんだ。違うんだって、でも、言えなくて。自分でも分からないんだ。あんなに刹那くんを見てたはずなのに」
笑みがこぼれる。
「……完璧な清掃員がこの世からいなくなれば、永久くんはもう刹那くんと戦わなくて済むよね。刹那くん、見逃してくれるんじゃないかなって思ったんだ」
「最初からそのつもりで、言ってきたんだね」
バカみたいだ、と思う。
何もかもを捨ててでも、完璧な清掃員の力を手にしたかったのに。
なんでボクは、その力を前にして、それ以外のものを手にしようとしているんだろうか。
ボクは仰向けに転がり、腕で目を覆う。
瞼に込み上げる熱いものが、頬を伝っていく。
じわり、とシーツに沁みこんでいく。
「ボク、彼を助けたいんだ、おばあちゃん」
バカみたいだ、と思う。
ボクは全てを捨てて、彼が生きられる道だけを選び取ろうとしている。
バカみたいなのに、心から願っていた。望んでいた。
「……知ってるよ。でも、私はお前の祖母だ。お前が命を投げ打つようなマネを、させるわけにはいかない。お前の行く道が、たとえリフューズだったとしても、だ。完璧な清掃員とか本当はどうでもいいんだ。ただ、お前を失いたくない。そして、私はそのことを永久君に決して話せない」
おばあちゃんが苦しげに、言ってきた。
「一番卑怯なのは、私だ」
違うよ。おばあちゃんは、全力でボクを守ろうとしてくれているだけ。
言おうとしたのに、出てきたのは嗚咽だけだった。
「なぁ煌、お前さんの持っている感情をなんていうのか分かるかい?」
ボクは無言で首を振った。おばあちゃんには見えないだろうけど、ボクはもう止まらなくなってしまった涙で、言葉が出なくなってしまっていたから首を振った。
分からない。分からないけど。
胸が熱かった。
体温なんて殆どなくて、寒くて冷たいはずなのに、胸だけが熱かった。
「そういうのを、愛っていうんじゃないのかな」
おばあちゃんが言った。
ああ、そうかもしれない。
ボクはただ、そう思った。