第五話 聖夜の美少女清掃員②
僕とあさひは、ちょうど家の方に戻ってきた沙良さんと玄関で鉢合わせた。沙良さんが着飾った僕に目を留め、「へえ」と目を丸くしている。
「とうとう女の子として生きていく決意をしたんだね」
「違います!」
そこは断固首を振った。あさひが横で首を傾げている。僕はそれに気付いて、慌てて沙良さんへと歩み寄った。
「そういう発言をあさひの前でしないでくれますか!?」
最小限まで声を抑え、沙良さんへと耳打ちをした。それを受けて、沙良さんがニヤリと口の端を吊り上げた。
「ふむ。どうやら楽しい状況になってるみたいだね。キラリが出かけるみたいだし、あさひ、うちでご飯食べて行くかい?」
「沙良さん!」
僕は思わず声を荒げた。何を、何を言うつもりなんだこの人は!
「ごめんなさい、夜は家族と約束があるんです」
遠慮がちにあさひが告げるのを見て、僕はほっと胸を撫で下ろす。
「あ、でもちょっとだけ沙良さんとお茶したいな」
ほっとした直後に飛び出たあさひの言葉に、表情が強張った。泣きそうな顔になった僕を見てか、沙良さんはますます意地悪く笑みを深める。やはりこの人、煌と血繋がってる。
「じゃあお茶しようか。積もる話もあることだしねぇ」
「はい!」
あさひが元気良く返事をした。行くのやめようかな……僕は靴を履きかけていた手を止め、うじうじと沙良さんとあさひの顔を窺う。
「「行ってらっしゃい」」
二人揃っての笑顔での見送りに、項垂れて家を出た。
外に出ると、ここ最近で一気に下がってきた気温に身が縮こまる。腿、死ぬ。夕刻の街中を、腿の冷たさに内股になってしまいながらもなんとか前へと進む。
天を仰ぐと、冷たい空気で空は澄み切っていた。陽が落ちれば満天の星空が見えそうだ。雪、降らないだろうなあ。特にロマンチックな状況に憧れはないのだけれど、ホワイトクリスマスなんて、心躍るじゃないか。
……横に、あさひが、いてくれたら。
上げていた顔が自然と地面に降り、はぁ、と息が漏れた。
思考の外に追いやろうとしても、どうしても考えてしまう。
あさひは、友枝壱に恋している。少し考えてみれば、気付いたかもしれないのに。だってあさひは、友枝と話す時はすごく活き活きとしていて幸せそうだったじゃないか。
なんで僕はあんな質問をしてしまったのだろうか。あんな質問、しなきゃよかった。
知らない方が幸せだった。
どこまでも落ちた気分のまま、僕はなんとか歩みを進める。生気を失った幽霊状態だった。
「大宮さんどこ行くんだ?」
唐突な背後からの呼びかけに、僕は生気のない顔のまま、振り向いた。最近大宮さんと呼ばれて普通に反応してしまう。
「あ……刹那」
「デート? そんな可愛い格好して」
「こ、これはそのー……」
トワの家に行く前に刹那と会ってしまった。そういえば通学中もよく見かけるし、刹那と煌はご近所さんなのだった、と思い出す。元はといえば刹那の為にめかしこんだのに、薄い反応しか返って来なかったな……少なからずがっかり。ってなんだこの乙女な感情は。
刹那はシンプルに黒でまとめた格好だ。二人が並ぶと、とても絵になるのだろう、と客観的に思う。
「トワの家に、呼ばれてて」
どうせ知れることだし。僕は隣に立った刹那に向けて告げる。少し意外だったのか、刹那が珍しく目を丸くしている。
「俺も永久の家に行くつもりだったけど、もしかして邪魔?」
「あ、いや、その、刹那は来てくれないと困る」
「……ふーん。まあ目的地が一緒なら一緒に行くか」
刹那が軽く言って、歩き出す。僕も慌ててそれを追った。
イブの日に好きな男の子と二人きりで歩くなんて、素敵な状況だ。ごめんトワ、と心の中で呟く。それを望んでいるのは大宮煌で、決して僕ではない。
――ちくり、と胸が痛くなった。まただ。
なんで僕は、大宮煌が刹那を好きなことを思い知る度に、こんなにも胸が苦しくなってしまうのだろうか。
「でも永久は、保田あさひのことが好きなんだよな。もしかして大宮さんって、横やり入れてるの?」
「……は?」
僕のぐるぐると巡っていた思考が、停止した。
「な、ななななんで、あさひのこと好きなの、知ってるんですか!?」
僕はあさひに密かな恋心を抱いていることを、誰にも話したことはない。トワには知られてしまったけど、トワがそんなことを刹那に話すとは思えない。何故だ、何故知ってる。動揺に声が震えてしまった。
「永久が保田あさひを好きなこと?」
刹那が確認してきたので、何度も頷く。頬が火照っているのは、寒さの所為だけじゃない。
「見てたらわかるし。永久、ずっと保田あさひのことばっかり目で追ってるじゃん。……あ、でも最近はそんなこともないか。飄々としてるな。そうかそうか」
喋りながらも、刹那は何かに納得した風に頷いた。
「そうかそうかって……?」
僕は口を尖らせて、問う。恥ずかしさのあまり、拗ねたような口調になってしまった。
「大宮さんといい感じだから保田あさひは目に入らなくなったのかな、と」
「……!」
聞き逃せないセリフに、僕は目を剥いて刹那を見る。顔は美少女だけど、今の僕は、絶対怖い顔になっている。何かが、沸々と、湧き上がってきている。
「高校生の淡い恋心なんて、そんなもんだろ」
「違う! 僕は! ……いや、僕じゃなくて。永久は、あさひのことが好きなんだ!」
「何怒ってるんだ?」
「先に行くから!」
僕は怒りのままに吐き捨て、駆け出した。
自分でも珍しいぐらいに、怒りの感情が溢れてどうしようもなかった。刹那に対して、やりきれない怒りが心の中で暴れていた。
走りながら、暴走している感情に唇を噛んだ。
僕は、保田あさひに恋している。
きっかけは些細なことで。ただ、目立たない僕にも目が合うと必ず笑顔を向けてくれる、なんてそんな理由だ。元の身体だった時に、会話をしたこともなくて。大宮煌の身体になってから、僕は好きになった女の子のことをやっと深く知ることができた。
あさひが友枝壱のことを好きだとしても、気持ちは今でも絶対に変わっていない。変わってないはずなんだ。息が詰まるくらいに。胸が張り裂けそうなくらい。あさひが好きだ。あさひが好きなんだ。
それなのに。
どうしてか、僕は刹那に嫉妬している。大宮煌の恋している、僕の友達に。
そのことが、余計に腹が立った。何より――僕自身に。
「いらっしゃい、煌ちゃん。寒かったでしょう?」
はぁはぁ、と荒い息を吐き出す僕を最上級の笑顔で迎え入れてくれたのは、姉だった。
全速力で走ってきたおかげで、寒さも忘れていた。身体中がぽかぽかして、熱いくらいだ。僕は乱れている呼吸と、落ちたままの気分に、姉へ返事せずに玄関へと入ろうとし、
「返事は?」
低く鋭い声に突き刺された。
「ごめんなさいこんばんは久遠さん」
僕は立ち止まって、無理矢理に声を絞り出した。何故かこの姉の言うことには一切逆らえない。
姉が柔らかく微笑む。「よくできました」と背中に声をかけられた。絶対飼い犬かなんかだと思われているに違いない。
「今日の煌ちゃん、いつにも増して可愛いわ。どうしちゃったの? 何かに目覚めたの?」
「そ、それはトワに言われて仕方な――」
「大宮ぁああああ!!」
僕が繰り出そうとした言い訳を遮って、声が飛んできた。
友枝に抱き締められて頬ずりされた。殺意が芽生えた。
「なんて、なんて可愛いんだ!! そうか、俺の為にオシャレをしてきてくれたんだな!」
「お邪魔します」
何はともあれ、招待されたのだから家に上がろう。僕は友枝を完全無視し、靴を脱いで家へと足を踏み入れた。懐かしい我が家の空気が心地良い。姉とトワだけだったら完全に自分に戻れるけど、今日は友枝もいるし、刹那も来る予定だ。大宮煌を演じなければ。そのことを姉も理解しているから、きちんと煌ちゃん、と呼んできた。こんな姉でも優しい一面を持っているのだ。
リビングへと歩いていく僕の背中に、ペトリと姉がひっついてきた。
「刹那君や友枝君にばれたら、どんな面白い状況になるのかしらウフフフ」
何か囁かれた。絶対この状況、面白がってる……!
「胸をヒヤヒヤさせるがいいわ」
……やはりいつも通りの姉だった。
リビングに入ると、既に夕食の準備は出来ていた。ツリーや飾りはさすがにないけれど、食卓に並べられた料理の数々はクリスマスらしいものばかり。大皿に盛られたサラダ、ローストチキン、キッシュやパスタまである。しかも手作りのデコレーションケーキ。全て一流シェフが作ったかのように美しい。
「これ、全部作ったんですか?」
いい匂いにお腹の虫が騒ぐ。そういえば朝食べたきりで何も食べてない。僕は涎が垂れそうになるほどに食卓を凝視してしまった。例年になく豪華だ。
「今年はきら……トワが全部作ったの。友枝君も手伝ってたけど。……私にせめてものお詫びって。こんなものに釣られる私じゃないけど」
姉は少々不満げながら、口の端に涎が光っている。釣られたらしい。僕は豪華料理の前に立つトワを見る。料理も得意なんだな、と素直に感心したのだが、トワは気まずそうに目線を逸らしている。
「べ、別にはりきったわけじゃあないからね」
ああ、刹那が来るからか。僕は途端、目の前の料理が色褪せて見えてきてしまい、頭を振った。今日の僕おかしい。こんな気持ちじゃ、楽しめないじゃないか。
呼び鈴が鳴った。ドキリとしてしまう。このタイミングで来てほしくはなかった。全然気持ちの整理がついていない。
「はーい」
パタパタとスリッパを鳴らして、姉が玄関へと走っていく。
立ち尽くす僕に、またも擦り寄ってくる友枝。目線を合わせたくもない。
「なんか今日の大宮、冷たいよな」
「別に」
「ああっなんかゾクゾクするぜ! やっぱり大宮はこうじゃないとな!」
……あさひは、なんでこんな奴が好きなのだろうか。
僕は嘆息し、やっぱり来るんじゃなかったと後悔ばかりが胸に押し寄せてくる。今日の僕は、もう駄目だ。マイナス感情の塊と化している。
こんな状態で、僕、笑えるのだろうか。
タイミングよくリビングの扉が開き、姉と刹那が現れた。
「よ。トワ」
「こんばんは刹那くん」
刹那の挨拶に、トワが笑顔で応じている。
僕はなるべく存在感を消す為に、隅っこで小さくなっていた。
「揃ったから始めましょうか」
姉の言葉に、全員が頷いた。奇妙で憂鬱なクリスマスパーティーの、開幕だ。
刹那が初めに豪華料理の並べられたローテーブルの前に座った。僕は率先して刹那の斜め向かいに座る。少しでも距離を開く為だ。友枝がニッコニコで右隣に座ってきた。犬のようにべったりひっついてくる友枝。……こっちの対処は考えてなかった。
「早く座れよ永久」
刹那に促されて、トワがぎこちなく足を前に進めている。おそらく刹那の隣に座りたいんだけど、緊張してるんだろう。今日のトワは、完全に恋する女の子モードだ。
「あ、お前は大宮さんの隣な」
刹那がトワに向けて、言った。
「はっ?」
僕は思わず身を乗り出してしまった。何言ってるんだこのバカ、と突っ込んでしまうところだった。
「久遠さんが俺の隣」
あああ、と頭を抱えてしまいそうになる。刹那め、刹那のバカめ……! 少し収まっていたはずの怒り、復活。
トワはぎくしゃくと頷き、僕の左隣に座ってきた。姉が全員のグラスにジュースを注いでいく。自分のグラスにだけ鼻歌交じりにワインを注いでいた。
「これね、きら、じゃなくてトワからのクリスマスプレゼントなのよ。フフフ、素敵な弟を持って幸せだわ私」
ご機嫌な様子で姉が言う。姉の酒好き情報をどこで手に入れたのか、どうやらトワ、姉を餌付けして飼い慣らす作戦にしたらしい。二人が仲良くなってくれるのはありがたいことだけど、姉が奪われたようで少し寂しい気がしないでもない。
「それにしても、すごい料理だな。これ全部久遠さんが?」
刹那が姉に向けて問いかけている。今日の刹那はやたら饒舌だ。何か心境の変化でもあったのか。こういう日こそ、寝ててほしいと切に思う。
「ううん。今年はトワが作ったの」
にこにこと姉が告げる。完全に飼い慣らされている。
「お前料理とかするの?」
刹那に目を向けられて、トワが表情を強張らせた。前にも増して、刹那に対する態度がぎこちなくなってる感がする。そして友枝は、うっとりと僕にひっついてきている。
「す、すごいですよね。この料理全部作っちゃうなんて! トワ、刹那の為にはりきったんですよね!」
僕は友枝を片手で思い切り突き飛ばし、黙っているトワに代わって発言した。
直後、空気が固まった。友枝は転がった。
「は? 俺の為?」
……また失言やらかしちゃったよ、畜生。
「乾杯しよう、乾杯!」
僕は立ち上がって、グラスを掲げた。これはもう、無理矢理にでも状況を進めるしかない!
刹那も目の前の料理に気を取られているのか、深くは考えることをやめたようだ。グラスを手に持って姉と乾杯している。
ようやく食事が始まった。姉がご機嫌で刹那と会話をしている。僕の横で黙々と食すトワ。そして僕もたまに会話に参加はするものの、隣のトワの様子が気になって散漫になってしまっていた。そんな中、友枝を見ずに突き飛ばす能力を手に入れた。
やきもきしながら、沈んだ気分のまま、夜は深まっていく。
お腹が満たされてきてまったりとした空気の中、僕は一人、あらぬ想像をしてしまっていた。刹那とトワがいい感じになったら僕の身体が刹那とあんなことやそんなことに、なんて……だめだ、それだけは駄目だ! どうにかして僕の豊かな妄想力!
「最近永久、無口だよな」
唐突に刹那が、トワへと言葉を発していた。
僕は何事かと妄想世界から帰還し、状況を改めて見る。いつの間にか向かいに座っている姉が、机に突っ伏して寝息を立てていた。姉は酔っ払うとすぐに寝てしまう。寝顔はあどけなくて、可愛く見える。友枝は隅っこで体操座りしてテレビ見てた。背中が完全にいじけている。しかし今は姉や友枝に目を向けている場合ではない。
「そんなこと、ないよ」
やはりトワの笑顔がぎこちない。こっちがハラハラしてしまう。
「もしかしてこの前のキスの件、怒ってるのか?」
刹那が肩をすくめながら、問う。
「そ、それは怒ってない、と言えば嘘になるけど」
トワが思い出してしまったのか赤面し、小さく呟く。ありえないトワを目の前で見てしまった。
「罰ゲームだったんだ。大宮さんがやれって言ったんだ」
「嘘つけこの悪魔めええぇ!」
僕は立ち上がって光速で刹那へと迫り、その後頭部をポカリと叩いた。
「何すんだよ大宮さん」
ムッとした表情で刹那が僕を振り仰いできた。しかし僕の怒りは収まらない。ずっと蓄積していたものが、爆発した。
「勝手にトワにキスしたくせに! そんなこと誰がヤレって言ったんですか!」
「それってヤキモチ?」
刹那にニヤニヤと意地悪く笑みを向けられ、
「やっぱり大宮さん、永久のこと好きなんだ?」
言われた言葉に、かぁぁと、燃え上がるように、お腹の底が熱くなった。
「俺にまでヤキモチやかなくたっていいだろ」
刹那が続けて言ってきた。
――僕の中で、何かが弾けた。
「あのな! 大宮煌が好きなのはお前なんだよこのバカ!」
僕が刹那へと叫んだと同時、
「ええええええっちょっ、なんで大宮、突然告白を!?」
友枝の驚愕の叫びが耳に届き、しまった、と気付いた時にはもう、手遅れだった。
トワが無言のまま、刹那の背後にいた僕へと歩み寄ってきた。
ばしん、と――思い切り平手打ちを食らった。
トワは何も言わず、くしゃりと顔を歪め、その場から走り去って行った。だだだ、と階段を駆け上がっていく音が聞こえた後、残された静寂。
「……」
……最低なことをしてしまった。僕は言葉もなく、うな垂れる。
「俺、泣いていいですか?」
友枝が既にメソメソ状態で聞いてくる。
「……僕、帰ります」
殴られた頬が熱かった。叩かれた痛みよりも……心が悲鳴を上げていた。
トワを、傷つけてしまった。好きな人を前にして、あんな最低な告白を目の前で見せられたら、自分はなんと思うだろうか。考えただけで、泣きそうになる。
助けたかっただけなのに。守りたかっただけなのに。
自己嫌悪の極地に陥り、とぼとぼと肩を落として僕は玄関へと歩む。今日の僕は、どうしようもなく最低だ。
玄関を出て、涙を堪える為に空を見上げると、予想は外れて空に星は見えなかった。気付けば雲が空を覆ってしまっている。
白い息を吐き出しながら、歩みを進めていく。
心の中がぐしゃぐしゃだった。
そんな中で――リフューズの産声が、突如耳に届いた。久々のリフューズの声に、すぐに状況が理解できなかった。
「……あ」
行かなきゃ、自然と早足になる。
ぼんやりしたまま、声の聞こえてくる方角へと進む。
傷つけてしまったトワの顔ばかりが、脳裏をよぎる。あさひの恋心、友枝の恋心、刹那に対する嫉妬、自己嫌悪。そういうのがぐるぐる頭の中でまわっていて自分が今一体なんの為に走っているのかも分からなくなる。
それでも、やらなきゃいけない。胸にしまってあったペンダントを取り出す。
「清掃開始!」
リフューズがいるだろう場所に近付いてきたところで、強く叫んだ。
……けど。
「あれ……」
変身できなかった。僕は呆然と立ち尽くす。
「なんで?」
呟いて、思い出した。
完全暗記してしまった、手帳の一文を。
美少女清掃員の心得の巻(その三!)
挫けて、心が弱っている時は気をつけて。
変身するには強い心が必要です。落ち込んでいる時は、美少女清掃員に変身できなくなってしまうかも。
というわけで、強い心を持って、はりきって変身レッツ、トライ☆
――そうだ、こんな気持ちのままじゃいけない。
「清掃開始!」
僕は気持ちを入れなおして、もう一度叫ぶ。しかし、変身の光は出ない。
「清掃開始! 清掃開始! ……クソッ」
何度叫んでも、結果は同じ。そしてリフューズの咆哮が、途切れた。グズグズしている間に街へとリフューズが出ていってしまう。僕は変身を一旦諦め、声の聞こえてきた路地裏へとまわりこみ、走った。
……そしてこんな時には。
ただの人影かと思った。ずるずるとゆっくりとこちらに向かって、歩んできているソレを目にして、僕は息を呑む。
「ヒトガタ……」
目にしたことはなかったけれど、おそらく、目の前にいるのがそうだと。わかる。感じる。
心はボロボロで。変身もできなくて。
僕の前には、ヒトガタがいた。