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第三話 期待の新星☆美少女清掃員⑤

 保田さんの活躍でリフューズの清掃が無事に済み、僕は急いで卓球の決勝戦に戻った。

 けれど、時既に遅し。僕は棄権扱いになってしまっていた。

 その後に控えていたバレーの決勝戦でも、僕は大宮煌として出場したものの、大した活躍はできなかった。優勝できたからよかったけれど、はりきっていた僕としては、不完全燃焼だった。

 あんなにも気合を入れて臨んだ球技大会は、あっさりと終わってしまった。

 それでも僕らのクラスは大いに盛り上がったし、沙良さんという存在が、みんなからの大宮煌への意識を背けてくれていた。たった二日間の転校生だったけど、沙良さんは人気者になっていた。帰り際には生徒たちに囲まれてしまっていたほどだ。

 僕はそんな沙良さんを遠くから見ていて。

 ……僕の心の端っこにずっと引っかかっていたのは、トワのことだった。球技大会に力が入らなくなってしまうくらい、トワのことばかりが気になってしまっていた。

 トワはリフューズが清掃されたのを見届けた後は、すぐにその場から去っていってしまった。その後もずっと姿を見せなかった。

 僕や保田さん、沙良さんに何一つ言葉をかけることもなく。

 二の腕がズキズキと疼いた。くっきり残った指の跡を見る度、切ない気持ちになってしまった。

 トワに利用されているのは分かっている。

 でも、少しは僕自身を見てほしいなんて思ってしまうのは……贅沢なんだろうか。


「今日はよく頑張ったね、二人とも」


 夕刻、家への帰り道。昨日と同様に夕焼けに染まる住宅街を歩いている僕と沙良さんに、今日は保田さんも一緒だ。

 保田さんの家は全然別方向なんだけど、沙良さんが大宮医院に寄るように誘ったのだ。

 僕としてはドキドキだ。好きな女の子と一緒に下校なんて、憧れのシチュエーションじゃないか。

 そして緊張で顔をカチコチにさせた僕と、スキップしそうにるんるんな保田さんに向けて、沙良さんが声をかけてくれた。


「沙良ちゃんが煌ちゃんのおばあちゃんの沙良さんだなんて、全然気付かなかった。沙良ちゃんが美少女清掃員姿でいたのを見た時、すごいびっくりしちゃった私」


 保田さんがのほほん、と言っている。


「え!?」


 気付いてなかったのか。沙良さん、若返ってはいるものの、けっこうそのままなんだけど。大宮煌が別人のように不自然なことも不審には思っていないみたいだし……保田さんってもしかして、究極に鈍いのか?


「しかもなかなかリフューズのいる場所が特定できなくって、いっぱい探しちゃった。まだまだだなぁ、わたし」


 保田さんって究極に鈍い上、案外間抜けてるのか?

 まだまだ僕は保田さんのことを、分かっていないのかもしれない。もっと知りたいと思う。

 どんな保田さんでも、僕にとっては大好きな女の子に変わりない。きっと知れば知るほど、もっと好きになっていく。

 ……なんて、自分の思考に赤面していると、横にいる沙良さんが深く息を吐き出した。

 

「まぁ今日で女子高生沙良さんは卒業だ。なかなか楽しかったよ」


 沙良さんの言葉に、僕は寂しい気持ちになった。

 この二日間での沙良さんの存在は、僕にとって本当に救いになってくれていた。感謝の気持ちで胸がいっぱいだし、できればずっと一緒に高校生活を送ってくれないだろうか、なんて望んでしまっている。無理なのはわかっているけど。

 僕の泣きそうに情けない表情に気付いたのか、横で歩く沙良さんが肩をポンポンと、叩いてくれた。


「大丈夫。お前さんのそばには、最強のピカピカがいるんだから。あさひ、これからもキラリのことを頼んだぞ」


「もちろんです!」


 嬉しそうに言っている保田さんの横で、しかし僕は肩を落としてしまう。


「僕は……今日、なんにも頑張れませんでした」


 僕はぽつりと呟く。沙良さんに労いの言葉をもらうほど、今日の僕は頑張っていない。

 何もかもが、全然思い通りにはいかなかった。

 格好いい姿を見せる予定だったのに。沙良さんにも、保田さんにも……トワ、にも。

 保田さんが横を歩いていることで僕の心中は浮ついた気持ちもあったけれど、それ以上に意気消沈の方が大きかった。自然と視線が地面にまで落ちてしまっている。

 保田さんがタタッと小走りにスカートを揺らし、僕の前にまわりこんできた。

 両手を握られて、ドキリと鼓動が跳ねた。

 僕は顔を上げて、保田さんを見る。


「今日の煌ちゃん、すっごく頑張ってた! わたしには分かったよ! どんな結果でも、がむしゃらに頑張ってる姿って、すごくかっこいいと思うんだ!」


「……っ」


 涙で視界が滲んでしまった。

 やっぱり保田さんは、素敵な女の子だと思う。


「ね、煌ちゃん! これからも頑張ろうね!」


「はい!」


「ね、煌ちゃん! 一緒にお風呂入ろうか!」


「はい! ……っっっ!?」


 僕は保田さんを凝視したまま、固まった。

 今、彼女はなんと?


「汗いっぱいかいたし、こういう時はお風呂お風呂! 一緒に入るの、久しぶりだよねー」


 笑顔の保田さんに、僕はどう言えばいいのか――いや無理無理無理無理なんて言える雰囲気でもないじゃないかどうすればいいんだ大宮煌の身体だってまともにまだ見れないのに保田さんと一緒に風呂に入るなんてそりゃ嫌なわけないけどそういうのはなんというか違うんだ――混乱極まって、ぐるぐるとまわる視界で、沙良さんに助けを求めて眼差しを向けた。


「ぐっどらっく!」


 親指立てて笑顔向けてきても、絶対一生恨んでやる。



「ねえ煌ちゃん? なんでずっとそっち向いてるの?」


 保田さんが不思議そうな声で聞いてきた。

 大宮医院の裏、僕と沙良さんの棲家に帰ってきてからは急展開だった。とりあえずはお風呂お風呂、と保田さんに半ば引きずられるカタチで、僕は気付けばお風呂の中にいる。

 僕は何よりもまず、保田さんより先に行動しなければならなかった。脱衣場で凄まじい速度でコートと制服、下着を脱ぎ捨て、すぐ様湯を張った浴槽に飛び込んだ。ずっと目は閉じてた。人は追い詰められると、速度を超過するとよくわかった。

 そして背後に、保田さんが湯にとぷんと浸かった気配を感じた時、心臓が破裂するのではないかと思った。

 僕は湯船に浸かって、ずっと保田さんに背を向けて体操座りを続けている。

 ――すぐ後ろに、保田さんが生まれたままの姿で入っている。

 湯気が充満する空間、ユラユラと揺れるお湯の感触を身体に感じる。

 保田さんの裸を見たくないわけじゃない。というか見たい。正直、見たい。

 でもそれは反則だ。僕の信念に反する。大宮煌の身体だって、絶対見ないと心に誓っているんだ。

 ぎゅっと目を瞑り、ひたすらに誘惑との戦いを続ける。

 ダブルの誘惑と湯の熱さに、頭がクラクラとしていた。意識も朦朧としつつある。


「あったかいねー」


 ほわほわとした保田さんの声が、浴室に響く。

 僕はぶくぶくと顔を半分湯に沈め、ひたすらに小さくなっていた。

 でも保田さんと二人きりなのは、チャンスなのかもしれない。この機会を逃してはならない。僕は今日から戦うって決めたんだから。

 僕は意を決して、ざば、と顔を上げる。


「あの! 保田さん!」


「なぁに?」


「僕は今日から君のことをあ、あさひって呼びます! いいでしょうか!?」


 保田さんの顔は見れなかったけど、僕は思い切って言い放った。


「……もちろんだよ! そう呼んでほしい!」


 保田さ、じゃなくて、あさひの弾んだ声が届いた。僕の胸は熱くなる。この状況で既に沸点に達している気もするけど。

 些細なことだけど、一歩前に進めた。

 僕はぐっと拳を握りしめた。この調子で、ずっと気になっていたことを思い切って聞いてみよう。


「あ、あさひにもう一つ聞きたいことがあったんです。あの、友枝壱とあさひはどういう関係なんでしょうか!?」


「あれ? 知らなかったっけ? わたしといっちゃんは、幼馴染だよ? 小さい頃からずっと一緒に育ってきたから、兄妹みたいな関係なのかなぁ?」


「そ、そうだったんですか」


 幼馴染だったのか。僕はほーっと息を深く吐き出す。

 友枝壱の存在は、これからも油断ならない。まだ僕のことを大宮煌じゃないと思っているみたいだし、これからの学園生活の先が思いやられる。

 それでもあさひと友枝の関係が大したことなかったのは、安心した。ずっと、正直ずっと心に引っかかってたから。


「ね、煌ちゃん」


 あさひが僕の背中に声をかけてきた。


「なんでしょうか?」


 そういえば一緒にお風呂に入るまでは乗り越えられたけど、これから僕、どうするつもりなのだろうか。

 お風呂といえば、身体を洗わなければならない。

 ま、まままさか、いつも大宮煌とあさひは洗いっことかしてるんだろうか!?

 もわわ、と恐ろしいピンク妄想が脳内を支配した所為で、僕の顔面は更にヒートアップ。


「わたしね、煌ちゃんにあんまり無茶してほしくないんだ」


 深刻な響きをもったあさひの言葉に、僕は脳内妄想を追い払う。表情を引き締めた。

 彼女が心配しているのは、大宮煌というがむしゃらな少女のことだろう。沙良さんと同様に、あさひもやっぱり大宮煌を心配している。

 その気持ちが、今日の出来事で、少し理解できてしまった。


「煌ちゃんがいつか、どこかに行っちゃうんじゃないかって心配なの」


 いつものあさひの声じゃないみたいだった。

 泣いているのかと思うくらい、切ない響き。その表情を見ることは出来なかったけれど、きっと眉を下げて瞳を潤ませているんじゃないかと思う。

 僕までもが、胸が苦しくなってしまう。


「だから、だからね。あんまりリフューズに……ヒトガタに、執着しないでほしい」


「ヒト、ガタ……」


 ――ヒトガタ。

 その存在の予想は、容易にできていた。

 今まで遭遇した成り代わるリフューズは全て動物ばかりだった。けれどこの街に多く存在しているのは、何よりも人間なんだ。だったら、ヒトガタのリフューズだって存在するんじゃないかって。


「ヒトガタは強すぎて、わたしたちには清掃することができない。もしヒトガタに遭遇したら、わたしたち清掃員は逃げなきゃいけない。それが暗黙のルール。だけど……いつか、煌ちゃんがヒトガタに立ち向かっていくんじゃないかって、怖いの」


 ……僕はなんの言葉も返せなかった。

 僕が死にかけている大宮煌と出会ったあの夜――きっとあの夜、大宮煌はヒトガタに立ち向かっていったんだ。そして、確実に死ぬ程の負傷をしてしまった。そして、生き延びる為に都合よく現れた内倉永久の身体を奪った。

 そんなこと、言えるわけないじゃないか。

 僕は俯く。

 背中にふにゃ、と柔らかい感触を感じた。

 感じ――たぁ!?


「煌ちゃん、お願い。どこにも行かないで」


 後ろからぎゅっと抱き締めてきた、あさひが小さく、切実な呟きを漏らした。その声が遠くなっていく。

 臨界点を越えてしまいました。

 鼻血がつーと鼻先から流れ落ちていくのを感じた。浴槽を血に染め、僕はそのまま湯船に沈――


「煌ちゃん!? 煌ちゃん大丈夫!?」


 ――遠く、あさひの声が聞こえる。

 いつか、あさひに永久君と、本当の名前を呼んでほしい。

 場に合わない感想を抱きつつ。

 僕は意識を、自ら手放した。



 ……意識が徐々に、戻ってきた。

 目を開いてみても、視界は暗いままだった。どうやら僕の目の上に、濡れタオルがのせられているようだ。火照りきった身体と、のぼせた頭に冷たいタオルの感触は心地良い。

 そして後頭部には、腿の柔らかい感触があった。

 僕はもぞ、と身を微かに捩らせる。


「気付いたかい?」


 沙良さんの優しい声音が耳に届いた。

 沙良さんが僕に膝枕をしてくれているのだと、状況を理解する。服も着せてくれたようだ。


「あさひは……?」


「キラリのことは私が診とくからって、帰らせたよ。よかったね、あの子が究極に鈍くて。普通だったら挙動不審すぎて、不信感を抱くところだ」


「ははは……」


 僕は乾いた笑いを漏らす。

 それにしても貴重な体験をしてしまった。一生あの感触は忘れられそうにない。思い出すだけで、またも頭が沸騰しそうだ。


「なぁ永久君」


 沙良さんが僕の本当の名前を呼んでくる。そのことに安心感を覚えた。やっぱり僕は内倉永久で、元に戻りたいという気持ちは変わらない。

 沙良さんだけが僕を永久と呼んでくれることが、唯一の救いになっている。

 そうじゃないと、僕は自分を失ってしまいそうだ。

 トワにとってのただの道具として存在するだけに、なってしまいそうだ。


「煌のことを、怒らないでやってほしい」


「……僕は別に怒ってないです」


 降ってきた沙良さんの言葉に僕はぽつり、と応えた。

 怒ってるんじゃない。寂しいんだ。

 トワに、道具なんかじゃなくて、一人の人間として見てほしい。でも。

 今日の一件、そして先ほどのあさひとの会話で、僕の中には違う感情が芽生えていた。


「あの子はね、リフューズに……ヒトガタのリフューズに両親を奪われたんだ」


 ……そうだろうな、という予感はもうずっと前から感じていた。

 沙良さんの沈痛な言葉に、僕は唇を引き結ぶ。

 トワの異常なまでのリフューズへの執心。

 両親の不在。

 そして、ヒトガタという存在――全て、パズルのピースが合わさるようにかっちりとはまっていく。


「私の娘、つまり煌の母親は、ヒトガタに身体を奪われた夫に殺されたんだ。そしてそのヒトガタも、機関によって片付けられた。全て、煌の目の前で起こった惨事なんだよ。まだ七歳だったあの子の目の前でね」


 どんな気持ちだったのだろうか。

 目の前で父親が母親を殺していく光景。そして父親までもが、殺されてしまう光景。

 想像もしたくなかった。


「だから、煌はリフューズに両親を奪われた復讐心にずっと囚われてしまっている」


「……」


 僕には何も言えない。

 僕みたいにぬくぬくと平凡で平穏に生きてきた人間が、何を言えるというんだ?


「他のことが見えなくなってしまうくらいに煌の心はずっと、闇の中なんだよ……」


 沙良さんが苦しげに吐き出した言葉は、最後の方は搾り出しているようだった。

 ずっと目隠しされている僕に、沙良さんの表情は見えない。

 それでも、沙良さんの気持ちは痛いほどに伝わってきた。

 僕の寂しいと思う気持ちなんて、ほんの小さなものだ。

 僕は……大宮煌の心を、少しでも救いたいと願っていた。

 芽生えた感情で、心がどうしようもなく熱くなっていく。

 きっとがんじがらめに囚われて、抜け出せない憎しみの感情の中に、彼女はずっといる。

 闇の中に閉じ込められている彼女の心を、

 僕は、救いたい。





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